Little Friend

written by Mis.にしゃと



前代未聞の大逆事件。
そんな風に騒がれた例の事件から、どれだけの時が過ぎたろう?
泣いて、泣いて、泣き疲れて。
それでもこの体は睡眠を欲し、渇きを覚え、食物を喰う。
生きて、いる。
どこまでも、どうしようもないほどに。
彼らはもう二度と還っては来ないのに。死の無いはずの天界で、あり得ないはずの死と罰をその身に受けて。決して還っては来ないのに。
そして、あの子は独りきり。
食べることも、飲むことも、笑うことさえ、きっと、無い。



泣いて、泣いて、泣き疲れて。
それでも、私はまだ生きていた。
彼らは二度と還って来ない。
あの子は今も独りきり。
だから、私は決めたのだ。
天界の神々の一人に数えられたところで、何の力もありはしないこの身に未練などあるはずもない。
眩き主の身支度を整えることも、よく食べる笑顔の可愛い子どもに食事を作ってやることも、もう二度と出来ないのならば。ただここで永遠を生きて、何になる?



こっそりと忍び込んだかつての主人の執務室は、使う者のないままに放置され、ひどく薄暗く無機質な空間に変わっていた。
ああ、でも・・・。
あの子がやって来る前は、こんなものだったかもしれない。
美しい自慢の主は、でも、どこか近寄り難く、張りつめた空気が息苦しいことさえあったのに。
すっかり忘れてしまっていた。
本当に久しぶりに、小さな笑みが零れる。
考えてみれば、あの子がここにいたのは、ほんの短い間だけだったのだ。それなのにもう、あの子がいないこの館を思い出すことさえ難しい。
いつだって最初に思い浮かぶのは明るいあの子の笑い声。それから主の大きな怒鳴り声(でも、それは決して不愉快なものではない)。ドタバタと元気に走り回る音や、楽しそうに話す声。西方軍元帥殿や大将殿が加わった日には、それこそ大騒ぎで。そうそう、室内で野球をして窓を割ったと聞いて、皆で吃驚仰天したこともあったっけ。
幸せな優しい思い出は、細かな砂のようにサラサラと指の間をすり抜けて消える。
ガランとした部屋に唯一人、ぺったりと座り込んでいる私はきっと、指の間に引っかかった思い出の残滓。
だから、もう。



たとえどんなに強く願っても、何の力も地位もない私には、あの子を牢から出してやることも、彼らの転生に干渉することも、何も、何一つ出来はしないから。
ひとつだけ。たったひとつだけ。愚かな望みを願い出た私に、観世音菩薩はただ笑って頷いた。
「好きにしな」
と。



薄暗い部屋に座り込んだまま、いつしかぼんやりと視界がぼやけて暗くなり始め、私は時間が来たことを知る。
自分から”神”であることを捨て、地に堕とされることを望んだ。
出来るなら、小さき無垢で無力な生き物になりたいと。
慈愛と慈悲を司る彼女は、きっと叶えてくれるだろう。
薄れゆく意識に身を任せ、私はゆっくりと目を閉じた。



もしも、花になれたなら。あの子の牢の片隅に咲きましょう。
枯れれば次は蝶になり、あの子の指先で遊びましょう。
死ねば次は小鳥になって、あの子のために歌いましょう。
何度でも、何度でも、あの子が自由になる日まで。
そうしてあの子が少しでも笑ってくれたなら・・・・・・。
私はもう、それでいい。ただ、それだけで。







青い空を背景に高い山の頂を小さな小さな鳥が舞う。
通常であれば、それほどの高地に住まうことなどない小鳥。
力尽きるその日まで、いつまでも、何度でも。

『ねぇ、だから、どうか。笑って? 悟空』









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