Little Friend

―小さな鳥の幸せの歌―
written by Mis.にしゃと



屋敷の勝手口に近い暗い廊下の曲がり角。出会い頭に物凄いスピードの茶色の塊とぶつかって、は見事に吹っ飛ばされて尻餅をついた。両腕に抱えていた洗濯物がひらひらと盛大に散らばる。
「ごめん! 大丈夫か? 怪我してねぇ?」
同じように床に転がっていた茶色の塊が慌てて起き上がっての顔を覗き込んだ。
暗がりに大きな金色の瞳がギラリと光る。
「キャアァァッッ!! お化けぇ!!!」
は思いっきり悲鳴をあげて、そのまま意識を手放した。

それが、二人の最初の出会い。



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勝手口の扉の陰から顔だけを覗かせた悟空は、周囲に他の使用人の姿が無いことを確認してから、トコトコと駆け寄って来た。雑巾がけをしていた手を止めて、も素早く手を洗う。
水屋の奥にこっそり隠しておいた小さな竹の行李の中には、小振りの握り飯が二つちんまりと納まっている。
大きな竈の陰に二人隠れるようにして座り込み、その蓋を開ける瞬間のワクワクした様子の悟空を、はいつだって可愛いなぁと思う。
初めて出会った時にお化けと間違えてしまったことを後では大慌てで謝りに行ったし、悟空の方もぶつかって転ばせてしまったことを気にしていたので、二人一緒に「ごめんなさい」をした後は、少しだけ他の使用人たちよりも親しくなった。屋敷の使用人たちの中で最年少のは、見かけの年齢が比較的近いこともあって、他の者より話しやすかったのかもしれない。
それから時々、悟空はの働く炊事場におやつを食べに来るようになった。おやつといっても、甘いお菓子の類などは贅沢品で、にはとても手に入れることは出来ない。仕事の終わりにいつも炊事場で貰う屑野菜を糠漬けにして、残り物のお冷ご飯で小さな握り飯を握るのが精一杯。それでも悟空はいつも、小さな竹の行李の蓋が開くのをそれはそれは嬉しそうに見つめている。
「今日は何?」
「スイカ」
「スイカ!?」
「うん、赤いところじゃなくて、皮の方。けっこう美味しいのよ」
いただきますと手を合わせて、一緒に握り飯に齧り付く。
「ホントだ! 美味しい!」
具材がどんなに貧しくっても、悟空は必ず美味しいと言って笑う。
主人を訪れる貴人たちばかりでなく、一緒に働く屋敷の使用人たちの中にさえ、眉を顰めて目を反らし、悪い噂を口にする者はたくさんたくさん居たけれど。
炊事場の暗がりでキラキラと光る金晴眼を、はもう、少しも怖いだなんて思わなかった。



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その花は本当にキレイだったと悟空は力説した。
悟空の大好きなそしての敬愛する主人と、この頃ときどき屋敷でお見かけする西方軍の元帥様や大将様たちと、みんなで一緒に見たのだと。薄紅色の花弁がいっぱい舞っていて、あんなにいっぱい降ってくるのになかなか捕まえられなかったとか、お弁当が美味しかったとか、重いと文句を言われながらも肩車してもらったとか。
あんまり嬉しそうに話すから、もなんだか楽しくなって、いちいち肯きながら聞いていたのだけれど。最後の最後に、「だから今度、も一緒に見に行こう」と言われて、ちょっと困ってしまった。
だって、たぶん。悟空が見たという桜の花の咲く場所は、には立ち入ることの許されない場所だ。
身分が違うから一緒には行けない。そんなことはきっと、言っても悟空にはわからない。
だから、はただ首を横に振った。
「仕事が忙しいから無理よ」
嘘ではない、でも、本当だとも言い難い。
「だけど、そんなにキレイなら、いつか見てみたいな」
そう、嘘ではない。だけど、これは、夢だ。決して実現することのない。
それなのに。
「だったら、今度は持ってきてやるよ」
あっさりと、恐ろしいことを言われてしまって、は大慌てで止めた。全力で止めた。
桜の木はとても弱くて、枝を折り取ったりしたらそこから病気になって枯れてしまうと聞いていたから。かの地の桜にそんなことをしたら、どんな罰を受けるかわかったものではない。
絶対に枝を折ったりしないと約束させて、ほっと息をついたのが数日前のこと。

!」
大声で名を呼ばれ、驚いて振り仰げば、視界が薄紅に埋め尽くされた。
窓から投げ込まれた大量の桜の花弁が、炊事場の土間にはらはらと舞い落ちてくる。
そりゃ、確かに、枝を折っちゃ駄目よって、言ったけれど・・・・・・。
まさか、花吹雪をそのままお土産に持って来るだなんて思わなかった。
これは後で絶対叱られるとか、どうやって片付けたら良いんだろう?とか。いろんな心配が瞬間的に頭の隅を駆け抜ける。
でも。
「な? キレイだろ!」
自慢そうに笑う金の瞳に、結局、何も言い返せなくて。も気が付けば笑っていた。
だって、それは本当にキレイだったから。
薄暗い炊事場の窓辺に差し込むささやかな春の光と、ひらひらと舞う薄紅の花と、誰よりも明るい少年の笑顔。
あんまり眩しくて思わず目を細めて、はとても幸せだった。
きっと、ずっと、こんな日々が、穏やかに続いていくのだと思っていた。


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吹き荒ぶ冷たい風の音の中に、小さく小鳥の囀りが雑じる。
それは暗い檻の中へ、ささやかな春を運ぶ歌。
くり返し、くり返し、巡りゆく生と死の涯に。
思い出は儚く消えてしまっていても。

ねぇ、笑って?
それだけで私はとても幸せ。
いつも、いつでも、本当に。

山頂の風の寒さに凍え、動けなくなったその瞬間でさえも。
本当に、私は幸せだったのよ。










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