Coventry Carol



…………

「その妖怪はもういねぇ」
「居ない?」

「いなくなったんだ。俺たちが次に行った時には」

「ただ洞窟の裏手に、新しい墓が1つだけ、増えてた」

「それきりさ。そこにはもう、誰もいねぇ」

…………



が久しぶりに立ち寄った村は、妙に沈んでいた。
何件かの家では、葬式の後片付けをしていた。不幸が重なった為なのかとも思ったが、いつも世話になっている教会の神父が、彼女に言い辛そうにこう語った。
「裏の山に妖怪が棲み付いていたのですよ」
「妖怪ですか」
「ええ。男の妖怪が1人。あと、数人の……」
は旅の装具を外しながら、何の気なしに答えた。
「それは皆さん難儀なさっているでしょうね。ただでさえ冬支度も大変なのに」
神父は何となく言葉を濁し、話題を変えた。






…………

「止しなよ。天気が崩れたら、とても女一人じゃ帰って来れねぇぜ」
「行ったってもう、なんもありゃ……」

説得しようとする男達を制して、1つ向こうで呑んでいた年老いた男が、言った。

「この2、3日は、山は荒れんよ。どうしても行きなさるなら、明日、行って来なされ。女先生」
「……ありがとう、ご隠居」
「情けない話じゃが、わしらはもう誰もあそこには近づかんし、近づけん。儂ゃ無駄に長く生きとるが、生きるってぇのはこんなに業の深いことだと、あれほど思ったことはねぇ」

は黙って頭を下げると、老人と、同席していた男たちの分の酒代を支払って酒場を出た。

いつもなら、「いくら先生でも、女に奢られる訳にゃいかねぇよ」と笑って固辞する男たちが、今日は、何も言わなかった。

…………




「やはり聞かれたのですね、さん」
夜、宿代わりに泊めてもらっている教会へ帰ってきて、いきなり登山装備を出し始めたを見て、神父は諦めたように言った。
「はい」
なぜ、彼らをおとめになれなかったのですか?、等と、愚かな質問をしてしまいそうで、それきりは押し黙った。
礼拝堂の方から、聖歌隊の歌が聞こえてくる。ミサの練習をしているのだろうか。

Lullay, Thou little tiny Child,
By, by, lully, lullay.
……
神父はその場から動かない。のほうが、沈黙に耐え切れなくなって、口を開いた。
「……そういえばもう、アドヴェントに入ったのですね」
「そうです。もう今度が、第3主日です。それから、子供たちのためのクリスマス会も」

O sisters too, how may we do,
For to preserve this day.
「それは……、村の子達も楽しみにして……」
さん」
当たり障りのない話題を、突然、神父が遮った。
「あなたは、どう思われますか?」

This poor youngling for whom we sing
By, by, lully, lullay.
「我々も、無慈悲なユダヤの王と同じ人間なのです」
「…………」
「主イエスが御生まれになった年、自らの地位と権威を守るため、ベツレヘムの全ての幼児を虐殺した、ヘロデ王と」

Herod the king, in his raging,
Charged he hath this day.
His men of might, in his own sight,
All young children to slay.

「彼は、自分のものより遥かに大きな権威と力に怯え、そして嬰児殺しの罪を犯しました。」
「神父さま……」
「そして村の男たちも、妖怪の力に怯えて、愚かな行いに手を染めました。私もまた、それを座して見送るしかありませんでした。もし、あの妖怪たちが暴走して村を襲った時、出るであろう犠牲を救うほどの力は、私には、ありません」

That woe is me, poor Child for Thee!
And ever morn and day,
For thy parting neither say nor sing,
By, by, lully, lullay
さん」
神父は、言った。

「力なき故の罪を、主は、許してくださるのでしょうか?」







…………

白い柔らかい雪が足に纏わりつく。
降雪は無かったが、風が強い。地吹雪が、顔を叩く。

は、ひと足、ひと足、注意深く、山道を登った。
それは以前、「彼ら」が辿った道であることを、まだ、彼女は知らない。

峠近くまで到達した頃、やっと、風は止んだ。

村で教えられたとおり、山道を少し脇にそれた所に、小さな洞窟があった。
粉雪を踏みしめて、その前に立ち、周囲を見回す。

辺りは、目も眩むほどの、真っ白な雪原。


村で語られたとおり、そこにはもう、何も、無かった。


Lullay, Thou little tiny Child,
By, by, lully, lullay.
…………







コヴェントリー・キャロル


さよなら さよなら 小さな坊や
あなたのために 何が出来るでしょう?
幼いあなたに 私は歌う
さよなら ララバイ ララバイ

恐ろしいヘロデ王の兵士がやってくる
全ての幼子の 命を奪いに
私の嘆きはいつまでも続くでしょう
もう二度と歌う事のない子守唄に









>> Return to index <<

Material from "*Green Paradise*" (with processing)