Happy Birthday「う〜〜寒っ」 悟浄はぶるっと体を震わせた。 町の賭場で一稼ぎしての帰り道。大勝ちとは言えないが、そこそこ勝って懐は暖かい。 だがもう11月だ。髪をなぶる夜風はさわやかさを通り越して冷たい。こんな夜は綺麗なお姉さんに温め てもらいたい。相変わらずなことを考えながら歩く悟浄の目が、ふっと建物の影に留まった。 「彼女、だいじょうぶぅ?」 「俺らが送ってやるよ」 暗がりにたむろする数人の男達。それに取り囲まれているのは、一人の女。この辺りでは珍しくもない光 景だったが。 上着のポケットに手を突っ込んだまま、近づくと悟浄は男達に声をかけた。 「悪ィ。俺の連れなんだわ」 「んだとぉ」 咥え煙草のまま悟浄はにやりと笑うと、男達を一睨みした。軽い調子の下から、場馴れした凄みが滲み だす。 格の違いに男達はたじろいだ。 「おい…行こうぜ」 「あ、ああ」 何者だ?という様に男達が振り返りながら立ち去ったのを見届けると、悟浄は女に声をかけた。 「なにやってんだよ、」 「あ、悟浄」 はそう言うと、気が抜けたようにずるずると壁にもたれながらその場にしゃがみこんだ。 「おいおい、大丈夫かよ」 悟浄が手を差し出す。それを見上げたの顔はほんのりと赤かった。目元は潤み、眉は少し苦しそう に寄せられている。 「酔ってんのか?」 「ん…ちょっとね…飲まされちゃって」 なるほどの姿は普段とはちがう。結った髪には金の飾りが揺れているし、着ているものもいわゆる営 業用の衣装だ。 「飲めるほうじゃねえだろ、あんたは」 「ギャラが…良かったから…つい」 やれやれ、と悟浄は軽く肩をすくめると、の前にしゃがんで背中を示した。 「ほらよ」 「ん〜?」 「送ってってやるよ」 「ん」 は素直に身を預けてきた。だらりと垂れるの両腕をしっかり自分の胸の前で組み合わせると、 悟浄は立ち上がって歩き出した。 すれ違った酔っ払いが、ぴゅーっと口笛を鳴らす。悟浄は口の端だけで笑ってみせた。 賭場、酒場、安宿。そんな店が軒を並べるこの辺りを、夜更けに歩くのは、皆それなりの奴らばかりだ。 薄い財布の中身と引き換えに、夢だの愛だのを買っていく。朝には消えてしまうものだと分かっていて も。 赤や青の灯りの下では、女達が意味ありげな視線を投げ、男達は意地や金のために血を流す。 悟浄の肌とは相性のいい街だ。 「おい、あんたの宿はどこなんだよ」 背中のからは返事はない。 ―寝ちまったのかよ。しょうがねぇなぁ― 悟浄は自分達が泊まっている宿に足を向けた。今夜は悟空と同室だった。悟空はもうとっくに寝ているだ ろう。起こさないようにソファに移して、自分はソファか床でも…。 悟浄が考えながら歩いていると、街の時計塔が時を告げ始めた。一つ、二つ、鐘が鳴る。澄んだ音色に 街のざわめきがふっと薄らぐ気がした。 十二度目の鐘の音が余韻を残しながら鳴りおわった時、寝ていたと思っていたがいきなり寝ぼけ声 をあげた。 「12時?」 「そうみてーだな」 背中で小さな咳払いがしたかと思うと、今度は歌声が流れてきた。 ―なに呑気に歌ってやがんだ?― 酔ったせいか、少しかすれた声がつむぐ途切れ途切れのメロディ。悟浄がそれをつなぎ合せるには、 少々時間が必要だった。 ―あ? そうか・・・今日は俺の…― 何の曲かに思い当たって、一瞬足が止まる。が、すぐにまた歩き出す。 「よせよ。今更お誕生日おめでとうってガラじゃねーよ」 悟浄の胸で組んでいたの腕が、くっと上がって首に絡みついた。 「私がぁ、誰の誕生日をぉ、どぉ祝おうがぁ、私の勝手でしょうぉぉぉぉぉぉぉぉ」 「わーった、わーったから首絞めんなっ」 くすくすと笑い声がして、の腕が首から離れた。 「この酔っ払いが…捨ててくぞ」 悟浄はそうぼやくと、肩をゆすってを背負い直した。 背中からは、また歌が聞こえる。 「ま、いーけど」 Happy Birthday To You 自分が生まれた日がめでたいと思ったことはない。 二十数回あったはずの誕生日で、祝ったのは八戒と二人で暮らしていた時ぐらいだ。 誰かの誕生日を祝ったのも、似たようなものだったし、そんなモンだろうと思っていた。 Happy Birthday To You 女を口説くときには結構使える手だ。 「誕生日おめでとう」は「愛してる」と同じぐらいのご挨拶。 ケーキを食って、プレゼントをやり取りして。 で、寝る。 Happy Birthday Dear Gojyo ンなもん、わざわざ祝うようなことじゃねえだろ? たかがてめェの生まれちまった日だろうが。 Happy Birthday To You 人の誕生日に、何がそんなに嬉しいんだか。 この酔っ払いは……。 夜半も過ぎて秋の風はいっそう冷たさをました。 だが背中はほのぼのと暖かい。 背中からしつこく聞こえる歌声は、意地でも祝ってやる、とでも言うように続いている。 ―ま、たまにはこーゆーのもアリか― Happy Birthday To You Happy Birthday To You Happy Birthday Dear Gojyo Happy Birthday To You ―まいったね、顔が笑ってきやがる― |