Thanks to...空は青くて風は甘い。秋の晴れた日はお買い物日和。荷物持ちの悟浄も連れて、はご機嫌で街を歩いていた。 「麝香はまだあったけど・・・杜松はもう少なかったわねぇ。あ、蓖麻子油も・・・」 ずっしり重い缶と壜を、右から左へ悟浄に渡す。すでに悟浄の両腕は荷物で一杯だが、そんな些細なことは気にしない。 「おい」 「あ、凄い。山羊乳紛がこの値段なんて!」 軽めだがやけにかさばる包みを、ぽんと荷物の上にのせる。 「おい、」 「う〜ん。薔薇香油はこの際まとめ買いしとくべきかしら」 は鮮やかな花の図柄が描かれた陶器の壷を手に取った。ちゃぷりと音がするそれは、の頭よりも大きいし当然重い。 「!」 「なぁに?悟浄」 壷を持ったままは振り返り、にっこりと笑ってみせる。 「まだ買うのかよ」 「そうよ。香玉の材料がだいぶ少なくなっちゃったから、揃えておかなきゃ」 「へー」 悟浄は持たされている包みの数々を見下ろした。どれもこれも重たい上に、壜だの壷だのの割れ物ばかり。 「なぁ、ぼちぼち一休みしねぇ?」 「えぇ〜」 「いーから。あ、ソコの店に入ろうぜ」 を引きずるようにして、悟浄は手近な店に入りこんだ。 「あーあ。重てぇの」 テーブルにつくが早いか、悟浄は荷物をどさりと下ろす。 「根性なし」 恨みがましく言うに、文句の一つも出ても無理はない。 「あんたなぁ、全部ヒトに持たせて言うセリフか? あ、お姉さん。俺ビールね」 「年寄りに荷物なんて持たせないで頂戴な。私は桂花茶と点心をくださいね」 テーブルの横で目を丸くしているお嬢さんに注文を済ませ、二人はまたたあいも無い言い合いにもどる。 「年寄りって、あんた幾つだよ」 「女に歳を聞いてもいいのはね、年と同じ数だけダイヤを贈るときだけなのよ」 「言ってろよ」 ふてた悟浄の前に、冷えたビールのジョッキが置かれる。 「そういう悟浄は幾つなのよ」 「男に歳を聞いていいのは、同じ数だけヤらせてくれる時だけよん」 まるっきりの冗談というワケでもなさそうに悟浄が笑う。 「はいはい、で?」 軽くいなしたの前に、香りたつ茶器と点心の蒸篭がならぶ。 「二十二になったトコ」 「トコ?」 透きとおるような蝦焼売を片手にしばらく考え込んだあと、は今日がどんな日なのかに思い当たった。 「お・・・お誕生日おめでとう」 「どーも」 なにやら空気が白々とする。 自分の誕生日が、あまり嬉しいことではなくなってから、しばらく経つだが、さすがにこれはちょっとまずいような気がする。 まずは落ち着こうと深く吸った桂花茶の香りが、懐かしい記憶を浮かび上がらせた。 「誕生日・・・ねぇ。そう言えば妓楼の女将サンが、11の誕生日に簪を買ってくれたっけ」 初めて買ってもらった簪。花飾りの下にくるくると銀線がからまって。あれはどこに行ってしまったのだろう。身軽な旅の荷物の中には入れなかった。 ビールの缶をあおり、片頬をゆるめながら悟浄が口を開く。 「そういやガキのころ、兄貴がケーキ作ったことがあったな。料理なんかしたことねぇ癖に。ガチガチで食えたもんじゃなかったけどよ・・・美味かったな。苺がのっかってて・・・」 「ふぅん」 この憎らしいぐらいの色男にも、甘いケーキが好きだった子供の頃があったのか。そう思うとなんだか可笑しい。 送られてきた資料とこれまでの付き合いから、彼の子供時代はなんとなく見当がついている。左頬の傷跡も理由も。 よくもまぁこれだけいい人に育ったものだ。 含んだ桂花茶を口の中で転がせば、ふくふくと花の香りがうれしい。 「なにニヤニヤしてんだよ」 「べーつーにー」 血の繋がりによる愛情を無条件に信じられる時期は、二人ともずい分早くに通り越してしまったらしい。互いに人肌が恋しい性分なのは、きっとそのせいなのだろう。 「よかった」 満たされないまま育った隙間を、埋めあう相手に出会えたことは、何かに感謝してもいいような気がする。 「なにが」 「だから」 何に感謝してみようか? それとも誰に? は手にした茶碗を、かるく悟浄の持つビールの缶にふれさせた。鈍い振動が指先に伝わる。 「お誕生日、おめでとう」 女好きでお節介で、強くて弱くて、どうしようもなく優しい。 この沙悟浄という男に。 |