Good by days




 始まりは、常に夢から。
 目を開いて、感じる倦怠感。
 失望なのか、それとも喜びなのか。
 世界と世界を渡る瞬間、感じているのは。
 誰の感覚なのだろう?

「元気の出るもの……?」
「そ、なんか最近やたらと八戒の元気なくてさ。
 悟浄がちょっかい出すと余計に元気なくなるんだ、だから何か出来る事ないかなあって思って」
 常ならば、無邪気な笑みを出す彼。
 その外見に似合わず巨大なものを背負い、けれど大抵の人物には重さを知ることは叶わぬ。
「ああ……それは、まあ……」
 常ならば、少年の外見を持つ彼。金環を額に着けた悟空が度々訪れる森に住む女性は、微笑を常に称えている。
 住んでいる森が静かだからなのか、それとも住んでいる彼女が争いを好まないからなのか、両者は静かなる共存をしているように見る者には見える。
?」
「ええと……そうね、何か精の付く食べ物でも差し入れして差し上げてはいかがかしら?」
 だが、その雰囲気が今日は異なっていた。
 どこか、そう。
 挙動不審……とでも言えばよいのだろうか?
「俺や悟浄とは違う気がするけど……?」
 八戒は、悟空の三人の仲間内で最も世話をかけている人物だ。常に笑顔を張り付かせている当たりの柔らかい人物ではあるが、締める所はきっちり締めるあたり、一筋縄ではいかない。悟浄あたりに言わせれば腹黒いと言う話もあるが、悟空に言わせれば灰汁の強いメンバーの中では普通の神経で居られる方がおかしいだろうと思う。
「それでも、生きている限りは食べる事は必要ではないかしら?」
 悟空は、自他共に認める単純細胞だ。だから、大抵の悲しいことは己の中で昇華する事が出来る。
 悟浄は、見かけこそ軽い思われているが内面はナイーブと言っても良いだろう。少なくとも、悟空の食事のおかずを奪ってからかう子供っぽさと本当に人を拒絶している時には近づかないだけの繊細な気遣いが可能だ。
 けれど、八戒はその二人とは違う。最後の一人の仲間である三蔵とも違う。
 どちらかと言えば、三蔵こそ手のかかる子供な部分が悟空以上にあると言う見方は密かにあったりする。
「原因がわかれば、話もまた違うのでしょうけど……」
「そう言えば、今の街に入ってから調子悪い感じかな?」
 ひくり、とのこめかみが動いた気がした。
 しかし、悟空は無視することにした。は女性だから、もしかしたら男である自分とは違うところで違う何かがあるのかも知れないし、少なくともから言い出さない事に首を突っ込むべきではない。
「悟空も……あまり、元気がないようですけど……?」
 穏やかに、伺うような物言いに、悟空は益々疑問がわいてくる。
 正直に言えば、そろそろ好奇心の限界は突破しそうな勢いだ。普通ならば気にしない程度の事だろうけれど、こう見えても悟空が森に時折通う様になってから少なくはない回数がたっている。
もじゃない?」
「それは……そうね、そうかも、しれません……」
 気軽に応えた言葉は、どうやらの何かを深く抉った様に悟空は思った。
 会話をしている最中にもの手は動き続け、最初のお茶を出してから軽い食事を作り続けている。とりあえず、暖かな具入りスープとパン、今は魚を塩焼きにすることにしている様だ。その脇にこんもりと盛られている白米と調味料から察するに、おにぎりでも作る予定にしているのだろう。
「夢を……見る、のです」
「夢?」
 落雁と言う乾燥菓子を出されて、お茶と交互に口の中に入れては舐め溶かす。
 最初にがりがりと噛み砕いたら甘く歯ごたえがあると思っていたのだが、に「口の中で転がしてみたらどうかしら?」と提案をされて実行してみたら、それが酷く気に入ったのだ。
 難点といえば、直ぐに口の中で無くなってしまう事くらいだろうか?
「わたくし、が、何故ここに居るのか悟空は問いかけた事が、ないわね……」
 は、もしかしたらよく眠れていないのではないだろうかと悟空は思う。
 それでも、料理をこしらえる手が止まらないのは体に染み付いているからなのか不明だ。
 こんな人里はなれた森の中では、残念ながら一流料理店の味付けを期待する事は出来ないけれど。それでも悟空は森の中で一人静かに過ごすの手料理を振舞われる事を喜んでいる。
「ん、まあ……」
「こちらへ訪れる方は、皆様が一度は問いかける事だけど」
 出会いは、少しばかり楽観できない状況だったけれど……少しばかり覚えていない事もあるけれど、それでも今の関係を嫌っていないのは確かだ。
「だって、別には言いたくないんだろう? 俺も、まあ気にしてなかったし?」
「答えはね、答えられないというものだから」
「答えられない……答え?」
 悟空の目が点になったとしても、それは特に非難するべき事ではないだろう。
 もっとも、悟浄くらいは小突いたりするかも知れないが……ちなみに、八戒は笑って受け流し、三蔵は全部流すか「うるせえ!」と拳銃をぶっ放す程度はするかも知れないが。
「推測ではあるのだけど……わたくしは、過去か、未来のいずれかで罪を犯したのだろうと思うの。
 確かに、人里から離れた森の中で過ごすのは決して楽だとは言い切れないけれど。それでも、どうにもならない事は何一つない。目覚めてから再び休むまで、食事以外で口を開く事が呼吸をする時だけの日々も、あるわ」
 まるで、禁固刑を受けた囚人の様に。
 挨拶もなく、言葉を交わす誰かもなく、食事の材料を取る事から衣類を糸から作る事だって自力で行い。他に頼るものも、願いをかけることすら出来ない。
 時に、家と呼ぶのも憚れる小屋の修繕を行う事もあるだろうし、病気で寝込むこともあるだろう。
 それでも、たった一人。
 誰かが尋ねてくる事がなければ、それこそ本当に永遠の孤独と寄り添う事しか出来ない。
「そ……か……」
 悟空にも、覚えがある。
 かつて、記憶にある限り閉じ込められていた。500年もの間、三蔵と出会うまで外を見るだけで決して届くことも触れる事も叶わぬ狭い、鎖で届くだけが与えられた自由の世界。
 外から訪れる、隙間から入り込む存在だけが唯一の。
「ここは、とても優しい牢獄……だから、不安に思うのかも知れないわね……」
 不安を想像する事は、出来る。
 孤独すらも。
「いつか、この場所を取り上げられるかも知れないと言う……恐怖心、かしら?」
 少し、笑みが深くなった。
 もっとも、その台詞は嘘ではなかったがすべての真実だとは限らない。
 その証拠に、こんな背景が仲間との間で交わされていた事を悟空は知らない。知る事はないだろう。

「……あの、それは……いかなる事情でしょうか?」
 困惑の表情を浮かべるのは、珍しく訪れた珍しい人物の珍しい台詞だった。
 しかも、その人物はどう見ても寝不足の表情と顔色の悪さからして悪夢に何日もうなされた人物にしか見えない。
「悟空が『赤ん坊はどこから来るのか?』と聴いてくるんです、さんから説明してください……」
 珍しい人物の、珍しい来訪と、珍しい状況にが思わずうなずいてしまったのは……言うまでもない。










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