君 と な ら一陣の風が、森を吹きぬけた。 木々を揺らす音が、世界が変えられた事を教えてくれた。 それは乾いた風を届け、張り裂けそうな雨を降らせた。 「ようこそ、おいでくださいました」 普段ですら木々によって光の少ない森の中だと言うのに、すさまじい風と雨とが更に森の中から光を奪う。今が昼間なのか真夜中なのかを計ることは難しい状況になっている。 「……か?」 「はい、お久しぶりでございます」」 現れたのは、一人の少年とも青年ともつかない男。 茶色の髪と金色の瞳を持ち、それは知る者に不可思議な印象を与えると言う珍しい容貌をしていた。だが、不快な感覚ではなく、さりとて普通とも難しい印象だった。 「……皆、消えた」 すさまじい空間の中だと言うのに、一人は皮肉気に笑い、何を気にする事もなくなぶる風に身を任せながらも立ち尽くして呟いた。 もう一人は、常ならば一目で粗末と判る白系の衣装を身に着けているのだが。今の姿と言えば、デザインこそ常と変わらないけれど仕立ては良い純白の着物を着ていたし、垂らされている髪は脇から後ろへと結い上げられていた。 「それでは、お休みになられる為に?」 「ああ……、どうしてなんだろうな?」 膝を付き、礼を取っていたは頭を下げたままだった。 森に常に住み、時に生活をしながら過ぎ行く人々を見守り続けた少女……一見すると、男も年若く見えるのだが。事実から換算すれば見た目通りの年齢であるとは言えない。 「それは……あなた様の人格が二つあり、あなた様にはどちらの記憶もあるのに彼には記憶が残っておらず、常にはあなた様が封印されておられる事ですか? それとも、あなた様が一人生き残られてしまった事でございますか?」 「言ってくれる……に知らぬ事などないのだろうな?」 二人とも風と雨の中にあるのにも関わらず、姿勢は決して崩そうとはしない。 「いいえ、わたくしは何よりもわたくし自身の事を存じません。 もし、あなた様が『全て』をお知りになりたいと思われるのでしたら。わたくしが知り得る全てをお知らせする事は可能です」 だが、は同時に決して目の前の人物が「全て」など知りたいと思ってはいないだろうと思っていた。それが、他の誰か……彼と共に旅をしていた三人の人物や、その周囲にいた人達―――中には人でない者もあるのだが。その人物達がならば好奇心にかられて全てを知ろうとするのかも知れないが。 「斉天大聖様、わたくしに応える事が出来るのは。斉天大聖様と孫悟空と、二つの人格が存在しておられるのは。推測に過ぎないと言う前提をもってお聞きください。 それは斉天大聖様、あなた様が『個体』として生きておられるからだと思われます。 人は、長い長い孤独に耐える事は出来ません。 斉天大聖様は、悟空の500年と言う長い時の中にあって覚醒された封印の中で生き抜く事が出来ました。ですが、斉天大聖様の孤独は500年程度ではありません。 その為に、悟空と言う存在は大切な存在であると、わたくしは思うのです。 一つ……斉天大聖様、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」 膝を付いて礼をしたまま、僅かに頭を上げてが声をかけた。 記憶にある彼女は……最初に見た時の様に白く、そして悲しんでいる様に見えた。 どうして森の中にいるのか、なぜ悟空に優しく接してくれたのか、それは判らない。知り合ってもう何十年も何百年もたっているのに、は森の中で決して変わらぬ容貌をしていたし、ただ甘やかすだけではなかったけれど厳しいだけでもなかったから。 「斉天大聖様、あなた様は孫悟空と言う存在を疎ましく思われているのですか?」 常ならば、悟空が来ればは小屋に招いたり小屋の前にしつらえてあるテーブルと椅子を勧めたりして。御菓子や食事をさせてくれて……そうして、また見送ってくれた。 「ああ、歯痒い」 「斉天大聖様、このは伊達にこの森にある訳ではございません。 それが真実がであるのならば、何故に斉天大聖様は天界の思惑に乗ったのでしょう? 何故に、闘神太子殿の願いを叶えて差し上げたのでしょうか? あなた様には、それをなさる必要も義務も無かったではありませんか?」 それを優しさだと、そう言うのは簡単だ。 だけど、それを厳しさだと言う事も出来る。 「別に。どうにもならなかっただけだ」 「いいえ、斉天大聖様が本気でしたら現在のあなた様は存在する事はありません。 存在とは、最初から決められてはおりません。置かれ与えられた周囲によって変動し続けるものであり、それは斉天大聖様にも避ける事は出来かねます。わたくしも。 そして、かつて斉天大聖様が。孫悟空が出会った存在たちの全てが、いずれ巡り合う次代の中で同じ名や姿を与えられたとしても、全く同じ存在であってはならないのです」 は昔から、そう言えばはっきりと物事を言う女だった。 悟空として生きたあの時代―――すでに悟空を知る者もの知り合い達も全て絶えてしまったけれど。その間に知り合った人達は、おしなべてを「静かだけれど言うべき事は言う」と言っていた様な気がした。 「また……会えると思うのか?」 「全て同じとは限らないとは思われますが、それでも宜しいと思われるのでしたら。 必ず、お会いになる事は出来ます。その時に、敵となるも味方となる事もおありでしょう。ですが、その時には再びもう一度最初から始めれられれば宜しい事」 「会う……また、あいつらに?」 彼の中で、彼らは懐かしい思い出になっていたけれど。 もう、二度と会う事もないと思っていたけれど。彼には決して起こる筈のない現実を彼らならばそれも可能かも知れない……と言うより、彼らの性格から考えればそれくらい「努力」とか「根性」とか「なんとなく」でやりそうな気がして。 「はい、斉天大聖様……いえ、悟空。 もう……良いのですよ、よく頑張りましたね」 「何をだ?」 「大切な存在を無くしたからと言って、悲しむ事をお笑いになる方があるのでしたら。このが、お笑いになった方を仕置きしましょう」 「待たせたな、」 その姿は、かつての姿ではなかった。 もはや、彼を少年扱いする者などないだろう。長い間についた眠りの中、彼がその間に成長をしただろう事は明白。面影こそ残っているが、すでに子供とは言えない。 「よく、休まれたみたいですね? つきましては、これからどうなさるおつもりで?」 「そうだな……」 目覚めてから、聞きたいことは沢山あったし。言いたい事だって、きっと彼にもにもあっただろう。 「落ち着いたら、俺は皆を探しに行く。 多分……俺は今も昔も、きっと俺に付き合えるのはアイツらくらいだろうしな」 「はい、ただいま」 「もしも、俺が次にの所へ来る時もお茶を入れてくれるか?」 がその時に浮かべた笑顔は、まさに花がほころび開く様な笑顔だった。 「でしたら、次代の方々もご一緒に。次回はお連れ下さい。 さあ、まずはお茶をどうぞ召し上がって下さい」 |