雨…………雨は、好き。 細い、銀の糸のような小糠雨の降る森を見渡して、は思った。 春も深まり、初夏と言っても良いほどの陽気なので、濡れる事は全く気にしてはいない。防水の上着を羽織っただけ。髪や手足は、後で拭けば済むことだ。 森の中は、新緑がいよいよ濃くなり、更に、今降りそそぐ水を吸って若葉がつややかに光る。周囲の草木の全ての葉脈一本一本が、水を吸い上げていくさまが目に見えるようだ。湿った大気が、土と植物の匂いを普段よりも濃密に含んでいる。それを少しでも多く呼吸したくて、彼女はもう何度目かの深呼吸をした。 ……夏の、全てを押し流すような力一杯降る雨に思い切り濡れるのも好き。秋の長雨に紅葉が煙るのも、冬の雨がだんだん雪に変わっていくのも。 だけどやっぱり、この時期の、空気や植物と静かに混じり合っていくような雨が、一番、好き。 申し訳程度に雨宿りをさせてもらっていた大木に向かって礼をすると、はまた、雨の森を歩き出した。踏みしめる土は湿って柔らかく、時折、細い木を揺らすと、水気を含んだ若葉が、ざあっと驟雨を降らせた。 顔を上げると、雲に覆われている割には明るい空が、緑の天蓋から透けて見える。まぶたに当たる雫は不快ではなく、むしろ、やわらかな温かささえ感じた。 目を落とすと、細長い地面の窪みは、早くも小さな流れを擁し始めている。ゆくゆくは、この先の小川に流れ込み、周囲を潤しながら、海に向かって旅していくのだろう。 こんなにも沢山のものに恩恵を与えながら、それ自身は何の見返りも求めず、意思を表することなく、周囲に諾々と従っているように見える。でも、降雨という現象が、自然界に及ぼす影響の何と絶大で広大で多岐にわたることか。 ……だから、雨に触れるのは大好き。雄大な循環系の一端に、直接触れているような気がするから。 雨は、好き。 がそのまま宿の部屋に顔を出した時、やはり、八戒は驚いて言った。 「どうしたんです、。わざわざ雨の中、傘もささずに??」 「ん。お散歩してたから」 にこにこ返答する彼女に、八戒が呆れた顔になる。理由は違えど、自分も同じ事をして、悟浄に呆れられた事を、彼は忘れている。 「とにかく入ってください。濡れたままだと、風邪をひきますよ」 「いいの。さっき、ざっと拭いたから、大丈夫よ」 それでも、何か言い募りそうな八戒を制して、は、言った。 ……貴方が、雨の恵みも楽しみも優しさも、その身で感じる事が出来ないのなら、せめて。 「ねぇ、八戒。私を、抱いて」 雨の匂いが、消えないうちに。 雨のおとがきこえる |