クスリの効用





「おや?。良い香りですね」
の部屋に入った八戒は、目を細めた。
「町で見つけたの、素敵でしょ?。たまには、こういうのも良いかなぁ…と思って」
は、テーブルに置いた小さな香炉を、つん、と指先でつついた。
「僕の方も、良い物を見つけたんですよ。飲みます?」
「もっちろん♪」
八戒の差し出したボトルを受け取って、グラスを2つ用意する。彼の持ってくる酒はいつも、美味だが強 い。チェィサーも、用意しとこうかな……。

「何だか今日は、ずいぶんうきうきしていますね」
「うふふ、そーお?」
八戒は自分でコルクを抜き、2つのグラスに注ぐと、1つをの前に置いた。
軽く、グラスを合わせて、まず、一緒に一口。
「あ、ほんと。美味しいわね」
「…………なら、良かった」
「えーー、八戒はこういう甘いの嫌いなの?」
「いえいえ、そう言う訳じゃなくて……」

そして、しばらくは他愛のない会話。お互いの道中の話とか、この町は他と比べて地理的にどうだとか、 車やバイクの修理はどこが腕が良くて安いとか……。

「でもねぇ、八戒」
「何です?」
「貴方も、今日は妙にニコニコしているわよ」
「あはは。そーですか?」
は相手に気づかれぬように、そっと胸を抑える。酔いのせいだけではない程の熱が、彼女の体の中 を駆け巡っている。不快では無いし、実は心当たりも無いではない。しかし、それに加えて、いつにもまし て絡みつくような八戒の視線が痛い。
(何か変だなぁ…)
流石に、予想以上の体調の変化が気になり始める。
その、しばしの間を受けて、八戒はさり気なく話題を転じた。

「今日、市場で、薬屋が店を出していましたよね」
「ええ、知ってるわ」
「『媚薬あります』なんて看板、掲げてましたねぇ」
「そうそう。微量でも良く効くって…」
「その割には、安かったんですよね」
「……………………」
「……………………」

一瞬、2人ともあらぬ方向へ、遠い目。

「で、これは吸引型の方だったんですねぇ(にっこり)」
「いーじゃないのよぉ、私だって一緒に吸ってるんだから。大体、貴方の買ったのは、私のグラスだけに 入れたんでしょ?」
「勿論ですよ。自分が前後不覚になっちゃったら、楽しくないじゃないですか」
「ひっどおぉぉぃ。…………これだから男ってのは……」
「性別による嗜好の違いを、"ひどい”で片付けないで下さい」

八戒はにやりと笑うと、席を立ち、の肩に手をかけた。

「で、二重服用じゃ、もうかなり回ってるんじゃないですか。立てます?」
「誰のせいよ、だれ…の……っ」

汗ばんだうなじに指が触れる。それだけで、瞼の裏に、火花が散った。
反射的に縋りついた手をとられ、八戒が、指先にそっと歯を立てる。

「く……あ…………っっ」

頭の中まで、電流が走る。
自由になる方の手を何とか立て直して、は今度こそ、八戒の襟を捕まえて顔を寄せた。

「……最後まで、面倒…見て……くれるわよねぇ…?」
「そりゃ…まあ、そのつもりですから」

こっちはもう、ぎりぎりだと言うのに、八戒が(少なくとも表面は)平然としているのが憎らしい。
八戒が、目を閉じて唇を寄せてくる。その隙をついて、は素早く自分のグラスを口に含み、思いっ切 り相手に口づけた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「やっぱりほら、…物事はイーヴンでなくちゃ♪」
「僕ら両方とも人事不省になったらどーするんです?」
「悟浄あたりが助けてくれるわよ」
「なら、今から呼んどきましょうか?」
「…………え――――っと……………」

何となーーく、微妙な表情でが言いよどむ。「いいわよ♪」とか言い出さないうちにと、八戒は、この 奔放な女性ををひょいと抱き上げた。

「まったく……、僕の自制が効かなくなったら、大変なのは貴女ですよ」
「してたんだ?。今まで、自制。」
「……貴女も充分、ひどい事言ってるじゃないですか」
八戒がにっこりと笑ったかと思うと、どさりとうつ伏せにベッドに下ろされる。力が抜けて投げ出した手を一 瞬で背中に回されて、抵抗する間も無く、全身きっちりと押さえ込まれた。寝技は悟浄だけの専売特許で はないらしい。

「……だったら僕も遠慮しませんので、……覚悟してくださいね」
いつもと違い、背後から低く囁かれる。それだけで、また、息があがってくる。
「受けて……立とーじゃない…の……」
「まだ、余裕がありますねぇ」
はだけた肩口を、いきなりきつく吸い上げる。
「………………っっっ!!」
視界が一気に白くなって、の理性が、弾けとんだ……。



――その後がどうだったかは、今1つ、記憶に残っていない。
最後に、墜落するように意識を手放したことだけ、うっすらと、覚えていた――










朝、眩しくて目をあけたら、八戒も隣で丸くなって眠っていた。
のほうはすっきりと壮快な目覚めで、申し訳ないほど気分は良かった。
のびをして、そっとベッドから降りると、コーヒーを淹れながら鏡をのぞく。
「う〜〜〜〜〜〜む」
誰かさんに「今朝は、肌つやつやだねぇ」とか言われたら、どーやって切り返そう……と、八戒の寝息を 聞きながら、は独り、思案した。

…………結局、より逞しいのは、女性の方であるらしい。








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