舞 姫その祭りは、歌と踊りを奉納するのが常なのだと聞いた。 前夜、舞台で何人もの歌い手の喉が競われ、今日は、広場で数々の踊りが披露されている。 その中を、1人でのんびりとそぞろ歩いていた八戒は、休憩中らしい踊り手の1人に声をかけられて、仰天した。 「は――っかいっ」 「…………………………ですよね?」 「誰だと思ったのよ」 相手は、眇目で軽く睨んでから、楽しそうに笑った。 「うふふふふふふ。でも、見違えたでしょ?」 「ええまあ。いやぁ、女舞も出来たんですねぇ。貴女は」 「どーゆー意味よぉ」 「いえ、他意は無いです」 改めて眺めれば、彼女の衣装は少女の物と言っていいほどの、華やかな出で立ちだ。 きりりと結い上げた髪には花が散らされ、ゆったりとした上着と対照的に、纏ったスカートは―――― 「…………膝上ですね」 「何か文句ある?」 「いえ、別に……」 不用意な事を言ったら、この膝で蹴られそうですからねぇ……と、八戒は心の中でだけ、呟いた。 「でもねぇ、暫く稽古もしてなかったから、ちゃんと踊れるかどうか不安だったんだけど。何とか体が覚えてるものね。嬉しいわ」 言いつつ、は足を上げてくるりと回って見せた。そうする身のこなしは確かに、少女にしか見えない。 「それだけ回れれば大したもんじゃないですか?。本当に年齢不詳です」 言ってしまってから、「やっぱり蹴られるかな?」とも思ったが、彼女は意外にも嬉しそうに微笑んだ。 「本当に一流の踊り手はね、50代になっても16の少女を演じたりするものなのよ。私なんかはまだまだだわ」 「そーなんですか?」 「そーよ」 八戒が返答に困っているのをみて、彼女はくすくす笑った。 「それにね、女は幾つになっても『演技者』だからねぇ」 ふと、八戒の脳裏を、彼の最初の“女性”の面影がかすめた。 たった19で逝ってしまった花喃も、生きて、年を重ねていたら、そういう女性になっていたのだろうか。 八戒が初めて愛した、自分の半身。だけど、自分と確固として違う、“女”。 「じゃあ、。貴女が自分を『演じる』ようになったのは、幾つの頃からだったんです?」 「やあねぇ。物心ついた頃から、ずっとそうよ」 彼女の顔を彩る、誇らしげな、艶やかな笑み。 「5歳の女の子でも、80歳のおばあ様でも、おんなじよ。好きな男の前では、特にね」 不実を語るにはとても見えない、楽しそうな、表情。 「私ね、貴方が大好きなの」 「えっと……喜んで良いんでしょうか??」 「うふふふ」 花喃の事なら、何でも判っていると思ってた。 花喃。君も、彼女と同じように、“女”だったのだろうか……。 あっさりと探り合いを諦めた八戒は、敢えて真っ向から挑む。 「。やっぱり貴女は、僕の前でも『演じて』いるんですか?」 「さあ。どうかしら」 「本当の貴女を見てみたいというのは、贅沢ですか?」 「見たかったら、貴方の手で暴いて頂戴。前にも言ったでしょ?……」 は微笑んだ。 「……タダじゃ嫌よ」 八戒は、苦笑して天を仰いだ。 「今度は何を差し上げれば良いんでしょうかねぇ」 「じゃあとりあえず、今日の夜の会で、私をエスコートして欲しいわ。夜会は欧風にするんですって」 「……畏まりました。女王様」 にっこりと笑って、が差し伸べた手を取ると、八戒は、その指に、軽く口づけた。 まぶたの裏で、花喃の顔が、くすりと、笑ったような気がした。 |