open up your mind変身しているのに、どことなくのんびりしている感じの、停車したジープ。 木陰で新聞を広げている、眼鏡の三蔵。 悟空は少しもじっとしていない。彼は座席で座ったままの方が、疲労するのだろう。 時折悟空をからかっているのは悟浄。周囲にはハイライトの吸殻が点々。 そんな風景を眺めつつ、は、頬に手を当ててうっとりとつぶやいた。 「ああ。良い眺めだわ…」 「何を言い出すかと思ったら。見とれてないで、この後のルートを教えてくださいよ」 「……はいはい」 彼女は、慌てて八戒の持つ地図に視線を戻す。 この辺りの地理には詳しいからと、バイクで先導を申し出たのは彼女だ。但し、ここから先の目的地は別方向になるらしい。その為、ナビゲーター兼ドライバーの八戒が行程の詳細を聞いていたのだが、いきなりそんな事を言い出せば、誰でも呆れようと言うものだ。 八戒の書き込みがあちこちに残る地図に、は説明を加えながら、自分の筆跡を並べていく。大まかに了解したところで、八戒が尋ねた。 「で、貴女はここから、何処へ向かうんですか?」 「昔から興味があった土地があってね。折角だから、この目で現況を確認していきたいの」 「なるほど」 故意にか偶然にか(まぁ、恐らく故意だろう)、彼らの行く先々に楽しそうに出現するは、それでも、全くの気ままな旅という訳でもないらしい。時折、彼女自身の目的とする場所に寄る様で、何日か顔を見ないなと思っていると、「ちょっと寄り道しちゃった」と、涼しい顔でひょっこり追いついてきた。……八戒ら、三蔵一行の旅が、あまり効率的な旅程ではないと言う事もあるのだが。 「つまり貴女は、この辺りは初めてって訳じゃないんですね?」 「ええ」 寄り道の理由については多くを語らない。言葉の端々に、何かの研究をしていたような事が読み取れたが、フィールドワークの内容までは推し量れなかったし、八戒もそれ以上聞こうとはしなかった。 そもそも、彼女は自分の過去すら、滅多に口にしない。 八戒も、そういうことを詮索したいとは思わなかったが、自分自身の過去は随分喋らされてしまっているのが、少しだけ、悔しい気もする。 人の話を聞きだすのが得意なのは、相手だけではない筈だった。 「こんな何も無い辺鄙な所に、何しにいらっしゃったんですか」 「この先の土地は、地質的にちょっと特異な所があってね。まあ、研究の参考に」 「その時もバイクで?」 「いいえ。その時は車だったわ。貴方がたみたいに仲間を連れてね。わいわいと…」 言ってしまってから、は「しまった」と言う顔で、目をしばたかせた。 「……八戒。カマ掛けたわね」 「引っかかったのは貴女ですよ」 八戒は殊更ゆっくりと、の寄りかかっていた木の幹に、手をついた。 千載一遇のチャンスだ。今度は逃がさない。 「貴女のバイクは、一人旅には最適でしょう。裏を返せば、あくまで単独で移動する事を前提とした乗り物です。何故貴女は、それを選択したんですか?」 「…………」 は、困ったように少しだけ眉をよせた。 八戒は、更にたたみかける。 「貴女はこの旅を、1人で行く事に決めている。なのに何故、こんなに度々、僕らの……僕の近くに来るんですか?。僕らに関わった事によって、命を落した人間も居ます。その上…」 口元は笑っているのに、彼の瞳から、笑みが消える。 「僕は結局、1人の女性を守れずに、自分自身をも捨てた人間ですよ」 は小さく溜息をつき、そして、彼女を見つめる緑の目の妖怪に微笑んだ。 「死者に詫びながら生きるのは辛いでしょう。でもね、生きている者を気にかけながら歩いて行くのも、結構重たいのよ」 「…………」 咄嗟に言い返せない八戒の頬に手を伸ばして、は言った。 「だから、私は貴方を見て居たいの。あの人の面影を抱えて離せない貴方が好きなの。危険でも何でも、貴方と話して、貴方に触れて、貴方が彼らと何処まで歩いて行けるのか、この目で見て居たいの」 「、貴女は………」 「おい。」 言いかけた八戒の後ろから、いきなり不機嫌そうな声がした。 「行くぞ。また野宿は御免だ」 振り向いた2人の目に飛び込んできたのは、豪奢な金の髪と、紫暗の瞳。 瞬時に、八戒が我に返った顔になる。 「あ。そうでした、すみません」 「きゃ――っ、申し訳ありません。三蔵様」 三蔵は2人を一瞥すると、無言で吸いさしの煙草をぴんと弾いた。 地図をたたんで、悟浄と悟空を呼びに歩き出す八戒を見送ると、は改めて三蔵に向き直った。 「有難うございました。三蔵様」 「……何のことだ」 憮然と言い返した三蔵に、は何も言わず微笑み、そして、足早に立ち去る後姿に、深く、礼をした。 既に3人が乗り込んだジープでは、悟空がぶんぶんと手を振りながら、三蔵を呼んでいる。 彼らの背景には、燃えるような夕日と茜色に染まった雲が渦をまく。きっと、明日もすっきりと晴れて、ジープが軽快に走る日となるだろう。 地図を確認する八戒と三蔵。後部座席ではまだ、悟浄と悟空がドタバタと暴れている。 は思う。……やっぱり、とても「良い眺め」だ。 4人のうちの誰が欠けても、つまらない。八戒は、自分の、この大きな存在意義に気付いているのだろうか。 彼らに向かって、も、高く手を振った。四者四様の返礼が、また、彼女には妙に嬉しかった。 夕映えの中を走り去るジープと、その巻き上げる赤い砂埃が見えなくなって、やっとは大きく1つ息をついた。 「ふう。それにしても、今日は危なかったわ」 ……今はまだ教えてしまいたくはない。私にとって一番大きな、彼の存在意義。 ちょっと気を抜くと、全てをさらけ出してしまいたくなるほど、私は、貴方が好きなのだという事を。 は、ゆっくりとヘルメットをかぶると、自分も愛車のエンジンをかけた。 ……明日は、この子にも頑張ってもらわなくちゃ。また、彼に、追いつかなくてはならないのだから。 山の端を染め始めた群青に追われるように、バイクの赤いテールランプが、分かれ道の反対側に遠ざかっていった。 |