も み の 木





――――今年モ冬ガ来タ。薄ク雪ノ積モッタ森ノ中ヲ、小サナ馬車ガ近ヅイテ来ル。

「……何でまたこーんな寒い季節にわざわざ上層部の目ぇ盗んで防寒具調達してゲート開けて、んで更に下界の中でも寒い国の中でもいっちばん寒い場所をしかも真夜中にうろうろしなくちゃなんねぇの?」
「あんまり喋ると口ん中凍りますよ」
「喋ってでもいないとやり切れねぇよ。お前と2人でヘンゼルとグレーテルなんて」
「気持ち悪い事言わないで下さい。貴方は御者で、僕は雇い主です」
「ほんのちょびっと書類操作させただけじゃん。固ぇこと言うなよ〜」
「させたほうの台詞ですか?」

乗ッテ居ルノハ、何度カ見タ事ノアル人間ダ。正確ニ言ウト、人間ジャナイ。下ノ村ノ者達トハ、違ウ空気ヲ持ッテイル、にんげん、ダ。

「で、俺ら、どこまで行かなくちゃなんねぇの?」
「もう少しです。まっすぐ、この道が無くなるまで」
「………………。」

長老ガ言ッテイタ。(長老ハ物凄ク長ク生キテイル。大昔、マダ僕ラノ仲間ガモット自由ニ、人間ト歩イタリ喋ッタリシテイタ時代ノ事モ覚エテイテ、マダ10年モ生キテイナイ僕ニ、ヨク聞カセテクレル)
コノ地上ノ外ニモ色ンナ世界ガアッテ、彼ラハモット上ノ方ノ、別ノ世界カラ来タノダト。
ダカラ、彼ラノ持ッテイル空気ハ、何ダカふわふわシテイテ白クテ薄イ感ジガスルンダロウ。

「さて、これ以上は進めねぇぞ。どうするよ」
「仕方ないですね。んじゃ、後ろの荷台を開けて下さい。もう上からの監視も届かないでしょうから」
「げ。こっから荷物しょって行くの?」
「背負わなくても大丈夫ですよ。ご自分で歩けます」
「は?」

荷台ノ中ニハ、モウ一人にんげんガ居タ。彼ラト同ジ、ふわふわト透明ナ空気ヲ漂ワセタ、女ノ人。

、大丈夫ですか?」
「平気よ、天蓬。うふふ、むしろ面白かったわ」

彼女ハ、目ヲ輝カセテ周囲ヲ見回シタ。黒ズクメノ男達ト違ッテ、全身ヲスッポリ覆ウ、白イけーぷヲ着ケテイル。寒ソウダケド、マルデ初メテ森ニ遊ビニ来タ子供ミタイニ、わくわくシテイル。

「あのねぇ、お前さん達。とんでもない事の片棒を、俺に担がせんなよ」
「何言ってるんですか。貴方も共犯ですよ」
「俺は単なる雇われ御者だ。天界から女官を一人密出国させるなんて聞いてねぇよ」
「御免なさいね、捲簾。別に出奔しようとか言うつもりじゃないの。どうしても、少しだけって、私が天蓬に頼み込んだの」
「頼まれたからって、はいはいと請け負うこいつがイチバン阿呆だ」
「ははは♪」

笑ッタ男ハ、何モ言イ返サズ、彼女ノ手ヲ取ッテユックリト地上ニ立タセタ。

「雪はそんなに積もっていません。今夜は風もありませんから、大丈夫かと思いますが、歩けます?」
「勿論。歩きたいわ」
「じゃあ捲簾。貴方が先頭で歩いてください」
「今度は雪かきかよ」

ソウ言イツツモ、モウ一人ノ男ハ、歩キ慣レタ様子デ雪ヲ踏ミシメテ歩キ出シタ。

「本当に御免ね、捲簾。見たらすぐに帰るから」
「見るって何を?」
「この先におわします、あの方ですよ」
「ああ、成る程。ヌシさんか」

時々枝カラ滑ル雪ト、彼ラノ足音ダケガ、シン、トシタ森ノ中ニ染ミテイク。
『ぬし』ッテ、誰ダロウ。

「お前さん、植物好きだからな」
「ええ、天蓬から話を聞いて、何が何でも見たくなってしまったの」
「足元に気をつけて下さい。もうすぐです」

彼ラハ、森ノ中心ニ入ッテキタ。
アア、ソウカ。ぬしッテ言ウノハ……。

「つきましたよ」
「樹齢千年の樅の木。この森の長老さんさ」

女ノ人ハ息ヲノンデ梢ヲ見上ゲ、ソノ樹皮ニソット触れタ。

「……凄いわ…………」

ソシテ彼女ハ、彼ラノ種族ノ王族ニ対スルカノヨウニ、頭ヲ垂レテ、『長老』ニ挨拶ヲシタ。

「お会いできて……、光栄です」

長老ハ、微笑ッテイタ。アノ方ガアンナニ楽シソウニ笑ウノハ、何年ブリダロウ。

巨大ナ体ニやどりぎノ赤イ実ヲチリバメテ、薄ク白イ雪ヲ纏ッタ長老。
ソノ足元ノにんげん達モ、何故カ(特ニ、男達ハ真ッ黒ナノニ)、淡ク光ッテイタ。

トテモ綺麗ナ、光景ダッタ。――――





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





あれから、何十回も、何百回も、冬が過ぎていった。
あの時の長老は、まもなく枯れて朽ち、反対に私の樹高はぐんぐんと伸びていき、そして、彼らはそれきり、ここに来る事は無かった。
何時の間にか、私は森で一番高く大きな木になり、周りの若い木々や、我々と近しい一部の人間から「長老」と呼ばれるようになった。
人の一生の何倍もの時間を過ごし、知識を蓄え、人間と同じか、それ以上の自我を持つようになった頃、一人の女性が度々私の下を訪れるようになった。
仲間と一緒に慌しく来て、すぐに去って行く時もあった。
単独でふらりと現れ、ひっそりと私の下でキャンプを張り、一晩を過ごしていくこともあった。
ここに住む者ではなく、いつも旅人のように通り過ぎていくのだが、土地の者と同じように我々に親しみ、礼を尽くしてくれた。

今年の冬も、彼女はやってきた。
独りで、危な気なく雪を踏み分けて、私の傍まで歩み寄り、梢を見上げて、樹皮にそっと触れた。

「今年もお目にかかれて良かった。また来ます」

遠くで、「、どこですか?」と声がした。
彼女はそれに返答し、また、慣れた足取りで遠ざかっていった。
私は何かを思い出したような気がした。が、それは、私が認識する前に、辺りの空気に溶けていってしまった。



一年で最も早く日が没する日の事である。
今年も、これから森は、寒さと雪に覆われていくのだろう。















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