童女哀歌わらべめあいか




 夢を見た。
 叶う事のないと判って居る、だからこそ視界に入ってくるのが悲しかった。
 知っているあの人は、いつも本を手にしていた。どこへ行くにも白衣を翻して、眼鏡の奥の瞳は何を物語って居るのか誰にも判らなくて、知りたいと思っていた。
 好き、大好き。愛しいと思うのに、あの人の為になにもすることが出来ないと判っているから……だから、目覚める度にこれが夢でよかったと思う。


、あれがその人達だよ!」
 生まれたときからこの場所に住んでいた、だから私は他の場所なんて知らない。
 最近はずっと周りでは妖怪がどうのとかって噂されてるけど、私にはよく判らない。確かに、この近くに来る人達は汚い様な人が増えた気がする。
 この辺りは遠くへ行く為の道があるとかで、色々な人が通り過ぎる事がある。綺麗な人が以前は多かったけれど、最近はそう言う人を見ることはなくてつまらないと思っていた。
 だから、その話を聞いたときは久しぶりにどきどきした。
 道を歩いていたら襲われたって話は珍しくなくなってきたけど、それを助けてくれた人がいたんだって。助けてもらったのは商人で、ちょうどこっちに来る所だったって話で、お礼に宿へ呼んだんだって事だった。
「あれ……?」
 そこに居たのは、全部で4人。他の人達は見たことがあったけど、その4人は見たことが無かったからそうなんだろうなって思う。
 一人は金髪でお坊さんみたい、でもお酒飲んでる様な……気のせいかな?
 すごく元気で、一杯食べる太陽みたいな人。側にいる赤い髪した人と喧嘩しながらご飯食べてる……仲悪いのかな? 側に居る白い動物みたいなのが逃げてきて、そこには片方の目にだけ眼鏡をかけた男の人がいる。
「すごーい、カッコイイよねえ」
 普段でも中に入ろうとかはしないんだけど、今日ばかりは外から見る人とかが多くて。どっちにしても中には入れそうもない……でも、こんな所に用事もないのに入ったら怒られちゃうけど。
 こんなにいろんな人達に見られてるの、きっと知ってるんだろうと思うんだけど。なんだか、そんなのあの人達には全然感じないのかな? それとも、こんなの慣れっこなのかな? まさか、気がついてないって事はないと思うんだけど?
 その中の一人、髪が短くて片方の目だけ眼鏡をかけている人が立ち上がった。
 どうやら、買い物に行くって言ったみたい……お坊さんと元気な子は二階に行くとかって言ってたから、今日はここに泊まるんだろうな? 赤い髪の人もなんだか眼鏡の人に引きずられて出てきた。
「すみません、ちょっと通してくださいね?」
 丁寧な言葉と柔らかい感じだけど、なんだか……。
「ん、もしかしてイー男だから惚れちゃった?」
 赤い髪の人はまだ何か言いたい感じだったけど、眼鏡の人に引きずられている……。
「あ、あの!」
 周りの子たちがびっくりしてたけど、私自身が一番びっくりしてた。
 そりゃあ、この辺りは色んな人が通るから知らない人と知り合うのは多いと思う。けど、自分から声をかける事ってほとんどなかったし。
「はい? なんですか?」
「私、って言います。買い物に行くんですよね?」
「そうです、出来たら良いお店を教えてもらえるとうれしいんですけど……」
「あの、私……案内します、よく買い物とか行くから……!」
 本当に、びっくりした。
 いつもだったらこんな事言わないのに、なんでなのか自分でも全然よく判らなくて。
 ほら、相手の人だってびっくりしてるのに。
「そうですか、さん……ですか? でも……」
「大丈夫、私と一緒なら負けてくれるし。いっぱい買ってくれるなら、きっともっとまけてくれると思うし、それにここには特別なサービスがあるの!」
「特別なサービスですか?」
「宿の名前を言えば届けてくれるの、お店と宿は仲が良いから……」
 そう言ったら、赤い髪の人は「じゃあ俺はいなくてもいいじゃん」とか言いながら驚くほど早く居なくなってしまった……いつ消えたんだろう? 眼鏡の人も判らなかったみたいで「まったく悟浄にも困ったものです、荷物持ちにもならないじゃないですか」とか言ってる。
「そうなんですか、それは素敵なサービスですね。
 僕ではそのお店がわからないので、案内してもらってもいいですか?
 そうそう、僕は八戒と言います。さん」
 八戒さんはそう言うと、静かに笑ってくれた……けど、いいのかなあ?
「もしかして、僕のこと怖いですか?」
 えっと……そう言うわけじゃないんだけど、八戒さんの友達ってそんなに一杯食べたりするのかなあ?
「いやあ、さんのおかげで買い物がとても楽です」
 さっきから注文するだけ注文してるからあんまりぴんと来ないんだけど、なんだか10とか20とか平気でぽんぽん言ってる気がする。
 買っているものが普通に見たり聞いたりするものだから不思議じゃない感じなんだけど、そんなにいっぱい包帯とかシップとかって買うものかなあ?
「旅をしてると色々ありまして……さんは生まれてからずっとこちらに?」
「旅行とかって行った事ないし、それに……」
 八戒さんは、並んで歩いている時でも話しかけてくれる時にはこっちを向いてくれる。
 そう言う人がいないわけじゃないけど、どうしても遅れがちになっちゃうし……なんだか。
 嬉しい。
「ああ、そうですね。結構危険ですからね……」
 八戒さんが、そういいながら少し困ったように前を見た。
 他の人みたいに「ここもいずれ駄目になる」とか「すぐに何とかなる」とか、そう言う事は言わない。
 その瞬間、重なって見えた。
 八戒さんと同じくらいの背丈の、少し髪の毛が長くて。眼鏡はちゃんと両方の目にあって、着ている服は動きやすそうな服じゃなくて、翼が羽ばたく様に一瞬だけ風に白い何かがなびくのが見えた様な気が、した。
 でも、それは一瞬の事だったから気のせいだろうと思う。


 時々、思い出す。
 八戒さんとは、あれから会ってない。どっちにしても、一晩だけ泊まって次の町に行ってしまったって話で、それから色々とあったけれど時間がたって世界には妖怪が沢山あふれて居て。
 桃源郷で大きな事件があったとかなかったとかいう話があって、それでも何とか妖怪の暴走って言うのがなくなって……私は、成長して。
 あれは、きっと夢だったんだろうと思う。
 いつか見ていた、けれどいつの間にか見なくなっていた夢。
 八戒さんと会ってから、現実に夢が打ち勝った。ううん、それは夢が現実に溶け込んだって言うのかな?
 今なら、あの時に八戒さんが妖怪の脅威にさらされていた世界がどうなるかって言う事を口にしなかった事がわかる気がする。世間では三人のお供を連れた偉いお坊さんが妖怪達が暴れていた原因を取り除いて妖怪達を封じ込めてくれたんだって言われているけれど、きっと八戒さんもそう言う人だったんだろうと思う。
 お別れも言えなかったけれど、それは良かったんだろうと思う。
 八戒さんは、私の見ていた夢よりも夢の人だった。
 だから、夢を見なくなったんだろうと。
 そう、思わないと……私はいつかまた八戒さんが町を通りがかるまでずっと待っているかも知れない。例えまた会うことがあるかも知れなくても、きっともう八戒さんには成長してしまった私を見分ける事は出来ないだろうし、それに素敵な小父様になっただろう八戒さんの隣に誰か素敵な人が居たら完全に打ちのめされちゃうだろう。
 ただ……いつまでも、あの人達が一緒にいるかも知れないって思ってもおかしな感じがない気もしたんだけど。なんでかしらね?









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