Price




いつも通りな旅の途中の、何処かの街の何処かの酒場。
適当に宿を取って落ち付いて、八戒と悟空が買い出しに出た後で。は一人で部屋を出て、この酒場で適当に他の客と話を合わせながら、いつものように情報収集をしていた。
が、しかし。単独行動だったにも関わらず、珍しく最後に喧嘩騒ぎを起こしてきた。
もっとも。実態はが一方的に相手をしばき倒しただけで、ものの数分で事が終わったので。男連中が騒ぐ時のような、酷い混乱は起きなかったのだが。



「ただいま。……って、あれ? 三蔵一人なの?」
「ああ」

開口一番、そう尋ねたの台詞に。三蔵が新聞から目を離さぬまま、素っ気無くそう答える。
酒場の横にある階段を昇って、今日の宿である二階に上がって。自室に戻るより先に、全員の集合場所でもある三蔵の部屋に来たのだが。
居たのは、ベッドに座って新聞を読む三蔵と、ソファーで昼寝をしているジープだけで。てっきり皆部屋に居て、適当に騒いでいるだろうと思っていたは、ほんの少しだけ拍子抜けした。

「悟空と八戒はまだ戻らん。あのクソ河童は勝手に出て行った。いつ戻るかは知らん」
「あ、そ」

こちらの心中に気付いたのか、やはり視線を上げぬまま、三蔵が愛想も無く言葉を続ける。
その隣に腰を下ろすと。は袖口から自分の煙草を取り出し、馴れた手つきで火を点けた。

「こっちは、大した収穫はなかったわ。他所と同じ、妖怪が突然暴れ出した、って話ばっかり」
「そうか」

吐き出した煙が相手の顔にかからぬように、それなりに気を遣いつつ。がそう報告すると、三蔵もいまいち気のない返答だけを返し、適当に新聞のページをめくる。
いつもと変わらぬやりとりに、いつもと変わらぬ相手の沈黙。同じベッドの上に座る二人に、ほんの少しだけ間が空いているのも、いつもと全く同じである。
四六時中べったりとくっついているのは、互いにどうも性に合わない。必要な言葉だけを交わし、後は適当にくつろぐのが自分たちの在り方だ。
だから。こんな静まり返った時間も、別に苦になったりはしない。
……もっとも。他の三人が居る時は、いつもやたらと騒がしいので。こんなふうに穏やかに過ごせる機会にも、そう恵まれてはいないのだが。

と、その時、

「……お前一人で騒ぎが起こるとは、珍しいな」
「え?」

ぼそり、と言った三蔵の呟きに、が怪訝な顔をする。
が、すぐにその意味に思い当たり、慌てて相手に視線を移して、

「やだ、知ってたの? 大したことなかったから、上まで聞こえないと思ってたのに」
「ンな訳ねぇだろ。あれだけ煩けりゃ、バカでも気が付く」

かけていた眼鏡をそっと外して、読んでいた新聞を適当にたたんで。自分の煙草に火を点けつつ、三蔵がこちらに視線を向ける。
その眼差しの内にほんの少しだけ、不機嫌さが増しているようにも見えるが。多分、の気のせいだろう。

「あのバカ猿やクソ河童ならともかく、お前が好んで騒ぎを起こすとも思えんからな。
 ……何があった?」
「別に。変な誤解する輩が何人か居たから、事実を優しく教えてあげただけよ」
「誤解?」
「そ、誤解。やーねぇ、あんな馬鹿は救いがないから、いちいち相手するのも面倒だわ」

その紫暗の瞳で凝視されるのは、未だにどうも苦手なので。はつ、と視線を逸らすと、吸い終えた煙草を灰皿に押しつけて、すっと立ち上がった。

「旅しながら男四人の相手をして、幾らぐらい貰ってるのかって。
 ついでに、それ以上の額を出してやるから、自分の所に来い、とまで言われたわ」
「……で、何と答えた?」
「勿論、ちゃんと言ってあげたわ。『明確な値段をつけられる程、私はお安い女じゃない』ってね」
「………………」

背中に突き刺さる眼差しに、ほんの少し呆れた気配が加わる。
『バカに事実を教える』ためにが取った手段が、三蔵にも想像できたのだろう。敢えて詳しくは訊かないが、大体は当たっているに違いない。
当てつけがましい三蔵のため息に、些かむっとしながらも。はくるりと振り返ると、外連味たっぷりにばさり、と肩に落ちた髪を振り払って、

「当然でしょ? これでも私、別の意味でプロなのよ。
 この腕一本でも結構な値で売ってるのに、身体まで入れたら一体幾らになると思う?」
「…………お前なぁ…………」
「それに、――私が売るのは腕だけよ。それ以外で商売する気は全くないわ」

この会話のバカさ加減に、ふん、と鼻を鳴らして眉間にしわを刻む三蔵に。は再びくるりと背を向けると、自身の今の表情を隠した。
随分ふざけた台詞ではあるけれど。今、が言った言葉は、嘘偽りのない本音である。
それをわざわざ口にしたのだ。平気な顔で居る自信がない。

自分の『腕』に高値を付けるのは、決して自惚れなどではない。
もっと楽な生き方があることも、十分知ってはいるけれど。『女』として在るより先に、一人の剣士として生きると決めた以上、そう簡単には曲げられないのだ。
この左耳のピアス――魔剣「千尋(せんじん)」を振るう以上、その力を管理・制御する責任もあるし。この手で屠った多くの命から、目を逸らすこともしたくない。
だから。自分の『腕』に値を付けて売ることで、常に自分を戒める。
過去から目を逸らしてはならないと。自分の選んだ生き方から、容易く逃げてはならないと。
その金額を高く設定するのは、自らに掛ける一種のプレッシャー。

そんな自分のその様を、口ではいろいろと言いながら。三蔵もきっと、判っているのだと思う。
他人に厳しく接する以上に、自分を厳しく戒める人だから。我侭気ままであるようで、本当は自身の抱える想いにがんじがらめになっている人だから。
自身の背負うべき責任や義務に、時には苦しむこともあるようだけど。それでも三蔵は、決して逃げも隠れもせずに、常に前へと進み続ける。
その身を縛る様々なものを、自分自身の『誇り』へと変えて。怯むことなく、力強く。

前に進み続けるその背中を、ずっと追いかけて行くためにも。
自分は決して、負けられない。この人にだけは、軽蔑されたくないから。

「……おい。何、考えてやがる」
「ううん、大したことじゃないわ。
 もしも私自身に値段をつけたら、三蔵は幾らで買ってくれるかなー、なんて思っただけ」

見つめられていることに気付いて、不機嫌そうに睨み返す三蔵に。は冗談めかして答えると、改めて相手に背を向ける。
すると。小さく舌打ちする音と共に、相手もベッドから立ち上がったと、背中越しにその気配で判った。

――やっぱ、ハリセン飛んで来るかなぁ。

三蔵がこの手の冗談を好まぬことは、もよく判っている。
しかし。そう言って誤魔化してしまわねば、この想いを全て暴露してしまいそうで。そんな事態に陥るよりは、ハリセンで殴られた方がましだと思ったのだ。
勿論、三蔵はが相手であっても、決して手加減はしてくれない。怒る時は普通に怒るし、ハリセンで殴る時は目一杯殴る。
それでも。こんな本音を知られるのは、気恥ずかしくてどうしても嫌で。殴られるのを覚悟の上で、はあのような台詞を口にしたのだ。

が、しかし。
三蔵が示した反応は――の予想を、大きく裏切っていた。

「いつまでも調子こいてんじゃねぇよ、このバカ女が」

わざとの真後ろに立って、そのままぐっと腰を抱き寄せて。慌てるの顎をしゃくり上げると、一瞬だけ唇を重ねた。

「………………!」
「この俺をからかおうなんざ、百万年早えぇんだよ」

にやり、と意地の悪い笑みを浮かべて、三蔵がきっぱりとそう言い切る。
軽く触れるだけのキスなんて、今更照れることでもない筈なのだが。このような不意打ちまでは、さすがに馴れ切ることなど出来やしない。
それに。は元々、他人に背後に立たれることを極端に嫌う。修羅道に生きた者故の性だろうか、相手が故意であろうが無かろうが容赦なく蹴り倒す。
が、しかし。そんなの癖を全て知った上で、三蔵はこのような反撃に出たのだから。幾ら気に障ったからとは云え、そのやり口があまりにも悪どい。

「……貴方って、本っ当に嫌な男ね……!」
「てめェにだけは言われたくねぇな。それに――」

照れながら怒るの反応が、そんなに可笑しかったのか。慌てて振り上げた拳をあっさりと封じて、三蔵が首筋にそっと唇を寄せて小さく笑う。
吹きかけられる吐息の熱さに、我知らず身体が強張るが。それを敢えて認めずに、は更に抵抗を続けつつ問うた。

「それに、何よ?」
「……さっきの答えだ。お前はさっき、自分を幾らで買うのかと訊いたが――」

何がそんなに面白いのか、三蔵はまだ笑っている。
そして。抱きしめる腕に更に力を入れると、耳元でこう囁いた。

「――自分のモノをどうこうするのに、いちいち金払うバカが居る訳ねぇだろ?」




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