sleep,sleeper,sleepless.真夜中に、唐突に目が覚めた。 何だか嫌な夢を見て、そのせいで起こされてしまったような気がする。何だろう。物凄く心地が悪いのに、夢の内容そのものはまるで思い出せない。もう一度寝ようと瞼を閉じたが、何故か、なかなか眠れなかった。 そうして暫くベッドの上でごろごろした後で、はあきらめて、むっくりと起き上がった。 枕元の時計が指し示す時刻は、午前一時を過ぎたところ。物音がまるでしないという事は、皆もうぐっすり眠っているという事か。窓越しに見る街の景色も、月明かり以外の光は殆ど無く、何処の家も真っ暗だ。 「…………」 何となく口元が寂しくて、は、煙草に火を点けた。 静かに立ち昇る紫煙をぼんやりと眺めながら、とりとめもなく色々な事を考える。昨日までのこと、明日からのこと。これまでの旅、これからの旅。様々な出来事や風景が、次々と浮かんでは消えてゆく。完全に目が冴えてしまっているお陰で、大して意味もない思考の堂々巡りに、巧くブレーキがかからない。 明日もまたジープでの強行軍が続くのに、と、が嘆息した丁度その時、 ごんっ。 部屋の扉の、しかもかなり低い位置で、ドアノックの音、もとい戸を蹴る音がした。 こんな時間にそんな事をする人物など、思いつく限りではたった一人しか居ない。は軽くこめかみを押さえながら、扉を開けた。 「…………あのねぇ。いつも思うんだけど、変なとこで横着しないで頂戴」 「煩せぇ」 念のためにと、ほんの少し開けるだけに留めた扉の向こうには、案の定、三蔵が居た。 着崩した法衣に黒いアンダーシャツ、口元にはくゆる咥え煙草。頭上に戴く金糸の髪と、いつでも不機嫌そうな紫の瞳が、暗がりの中でもしっかり見て取れる。は黙って、三蔵を部屋に招き入れた。 三蔵は、ふん、とふてぶてしく鼻を鳴らしながら、それがさも当然だと言わんばかりに、ベッドの真ん中にどっかり腰を下ろす。 窓から差し込む月明かりが、三蔵の金髪を一層鮮やかに煌かせる。眩しくて、は少しだけ目を細めた。 「早寝早起きが習慣の玄奘三蔵法師様が、こんな時間まで起きてていいの?」 「お前も言えた義理か」 こんな場合、何しに来た、とか訊いてはいけない。どうせまともな答えは返って来ないから。逆に、が三蔵の部屋を訪れる時も、三蔵はやっぱり、何の用だとか訊く事は殆ど無い。 わざわざ言葉にしなくとも、何となくで判る事もある。は自分の煙草の火を消すと、三蔵の隣に座った。 「何となく、目が冴えちゃって」 「そうか」 三蔵の手が、ぐいっとを抱き寄せる。 は抗わず、三蔵の肩口に顔を埋め、軽く目を閉じる。微かに、汗と煙草と硝煙の匂いがする。石鹸の匂いも少し。はそっと、三蔵の背に腕を回した。 「今日は、やけに素直だな」 「からかわないで頂戴」 口先でくだらない会話を交わしながら、互いの眼差しが、至近距離で交差する。 普段から見慣れてる筈なのに、何故こんな時だけ、こうも見惚れてしまうのだろう。この男の綺麗な顔立ちに、その深い紫色の瞳に。叩く憎まれ口さえも、こんな時だけは少し違って聞こえる。 相手の心の中はおろか、自分の感情さえも判らない。複雑な、でも決して悪い気分はしない時間。 「……八戒がまた、『一人分の部屋代が勿体無い』ってぼやくでしょうね」 「言わせておけ」 のうなじに、三蔵の唇が落とされる。もらされた甘い吐息が、三蔵の髪を軽く掠めた。 互いに、もう言葉は無い。二人がゆっくり倒れ込むのを受け止めて、ベッドが、小さく軋んだ。 暦の上ではもう春も近いのに、まだまだ冷え込みの厳しい静かな夜。 訪れない眠りの代わりに、醒めない夢を。 |