Arrive a wishこんな辺鄙な街ともなると、場末の酒場でも、客は早々に帰るものらしい。 空席ばかり目立つようになった店内をぐるっと見回して、は、カウンター席でふうっとため息をついた。 「…………」 向かい側に立つ壮年のバーテンダーは、無言でグラスを磨き続けている。 こういう店は普通、客の話し相手もするんじゃないのか、無駄に喋りかけられるのは嫌いだが、ここまで寡黙なのもどうだろう。心の中でぶつぶつ文句を言いながら、は、少し中身の残ったグラスを弄んだ。 からん。 中の氷が、澄んだ音を立てる。 そのままからからとグラスを揺すぶっていると、バーテンダーが冷ややかな目を向けてきた。 確かに、そんなことをしたら氷が溶け過ぎて、酒の香りや味の邪魔を損なう。バーテンダーの非難はもっともだ。 が、は相当酔っていて、既に味も何も分からなくなっていた。 今日の昼。 いつものようにジープで山中を走っていたら、いつものように刺客の襲撃に遭った。 ここまではいい。問題は、襲ってきた一群の中に、子供が多数含まれていたことである。 大人たちに混じって武器を携えていたのは、歳の頃なら十一か十二か、もう少し上くらい。むさ苦しい男たちと並んで立つと幼さがより強調されたが、こちらに向けた眼差しには、大人並の狂気と殺意が満ちていた。技量はともかく、その狂気さと人数故に、戦力の一端を担っていたと十分言えよう。 だが。 『こいつら子供じゃん! 何で!?』 あちらは良くてもこちらが困る。子供がいる、ただそれだけで、迎撃する気力が削がれた。 悟空や悟浄は、明らかに殺すのをためらっていた。八戒も、攻撃より防御の回数が多かった。敵の数はそう多くもないのに、苦戦し通しで、いつまでも戦いの決着がつかない。 それで――は自ら進んで、子供の刺客を殺しにかかった。 悟空などはその様子を見て、至極苦しげな表情をしていたように思う。が、はそれに背を向けて、大人の敵を全てかわし、子供だけを選んで殺した。 その後、重苦しい空気を引きずったまま、ジープを飛ばしてこの街に着いたのは、夕方頃のことだ。 街に着いた後も、食事の時すらも、皆が何とも言えない複雑な表情をしていた。ただ一人、大人も子供も関係なく撃っていた三蔵を除いて。 あんな事があって、平気でいられるはずないわよね。皆の様子を見ながら、はそんな事を思い……何となく眠れなくて、深夜に一人、宿から少し離れたこの酒場に入ったのだ。 当初は、深酒をするつもりはなかった。 が、店に入ってメニューを見た時にたまたま、綺麗な色のカクテルに目を惹かれて口を付けたのが、悪かったのかも知れない。いや、二杯目にはロックなぞ頼んでいたから、やっぱり心のどこかで、自暴自棄になっていたようにも思う。 今となっては、もうどちらでも良いことだけど。 「…………」 グラスに酒を残したままで、は、こてんとカウンターに頭を乗せた。 バーテンダーが更に険しい顔をしたような気がするが、どうでもいい。もう、これ以上誰かに気を遣う余裕なんてない。今日はとにかく疲れた。 探しに来た八戒をすげなく追い返したのが、随分前のことのように思える。絡んでくる他の酔っ払いたちの撃退回数なんて、まともに覚えてもいない。灰皿に残る吸殻の本数が、体で感じる程長い時間は経っていないと、暗に示しているにも関わらず。 そのままカウンターに顔を伏せ、は、ぽつりと小声で呟いた。 「……バッカみたい」 「全くだな。バカ過ぎて突っ込む気も起きねぇ」 思いがけず、声がした。 はっと起き上がってみると、すぐ隣に、カウンターに背を預けて立つ三蔵の姿があった。 いつの間に来たのだろう。全然気付かなかった。 「前からバカとは思っていたが、ここまでバカとはな。飲めねえ酒に呑まれてんじゃねえよ、このバカが」 が目を点にしているのにもお構いなしで、三蔵は、ごく自然な所作で出されたショットグラスを手に取っている。法衣を着たまま悠然とグラスを傾ける様は、表情にも動作にも余裕があふれていて、憎たらしいのを通り越していっそ清々しい。 が、こう言われて黙っているのも業腹だ。も負けじと自分の酒を飲み干し、空のグラスをバーテンダーに突き出した。 「バカバカうるさいわね、この不良坊主。そんな格好で堂々と酒飲んでるんじゃないわよ。 大体、私がどこで何しようと私の勝手でしょ。貴方に口出しされる謂れはないわ」 「俺も好きで来た訳じゃねえ。文句なら八戒に言え」 「……お節介な……」 新たなグラスを受け取るの脳裏に、八戒の困り顔が甦った。 そういえば探しに来た時、何故こんな所で一人きりで飲んでるのか、飲み過ぎは良くない、夜も遅いし体に障ると、くどくど聞かされたような気がする。殆ど右から左に聞き流し、最後には無理やり追い払ったので、何と言っていたか詳しくは覚えていないが。 「で、貴方は、その八戒に言われるまま、私を迎えに来たって訳? 情けないわね。最高僧の称号が泣くわよ」 「あのバカどもも、自棄酒で潰れてやがんだよ。 そいつらの世話と部屋の後片付けの両方よりは、まだてめぇ一人の方がマシだ」 「あ、そ」 つっけんどんに答えたの横で、三蔵が、ふーっと紫煙を吐く。 カウンターに背を預け、ショットグラスを傍らに置いて煙草をくゆらせる様は、自分なんかよりずっと風景に馴染んでいた。 金糸の髪が仄暗い店内でもそうと分かる程の存在感を示し、端整な横顔に美しい彩りを与えている。己の容姿には無頓着かつ傲然とした態度も、この男の立ち姿をより良く見せていた。グラスを持つ手一つにも馴れ故の余裕が感じられて、きっちり着た法衣のストイックさとは合っていない。が、それが、持ち前の美貌と相俟って、背徳的な色香のようなものを醸し出している。本人が気付いているかどうかは分からないが、ちらほら残った客たちの視線が、徐々に集まりつつあった。 嫌だわこの人、並みの女より綺麗なんだから。は、こそっと心の中でそう呟いた。 「……で、久々に飲んだ酒は、美味いか」 三蔵がそう問うてくる。 はしばし考えた後に、再びカウンターにうつ伏せになり、こう答えた。 「貴方が来るまでは。貴方が来てからは、最悪」 「てめぇ、」 「だってそうなんだもの。貴方の顔見てから、お酒が一気に不味くなったわ」 嘘である。酒の味なんて、三蔵が来る前から、ろくに分からなくなっていたのだから。 出来れば今は、誰の顔も見たくなかった。なのに。 差し向けた八戒に意図があるかどうかは判らないが、最悪の人選をしてくれたものだ。これならまだ、延々とそばで小言を言い続けてくれた方がましだった。せめて、帰す時にもう少し柔らかい態度でいるべきだったろうかと悔やんでも、後の祭りである。 ああもう、全部どうでもいい。今更だ。 「貴方なんて、大嫌い」 の口から、そんな言葉がこぼれ出る。 三蔵がこちらを向いた。わずかに眇めた紫暗の瞳が、真っ直ぐにを射抜く。その眼差しから逃れるべく、は上げかけた顔を再び伏せた。 急に頭を動かしたせいか、一瞬、くらりと世界が揺らいだような錯覚がする。 「お坊様のくせに口は悪いし、お酒も肉も平気だし、煙草も吸うし、くだらない事ですぐ怒って銃撃つし、その弾が宿の壁に穴開けても知らん顔でバックレるし、銃使わなくてもすぐハリセンとかかましてくるし」 「煙草はてめぇもだろうが」 「袂からは四次元ポケット並みに何でも出て来るし、ラーメンにはマヨネーズ入れるし、煎餅はお茶に着けてちょっとふにゃふにゃになったのも結構好きだし、綺麗な顔してるくせに朝にはちょっぴりヒゲが生えたりしてるし、そのくせ脛毛あんまり生えてなくて色も薄いから処理しなくても全然目立たないし、せめて下着が熊ちゃん柄とかアヒルちゃん柄とかみたいなファンシーなのだったら楽しいのに普通のばかりだから全然面白くないし」 「おい、どさくさ紛れに何言ってやがる。殺すぞ」 「見てくれは悪くないのにいつも無愛想で、でもにこにこ笑ってたら多分こっちが困るから、始末に負えないのよね」 「おい、聞いてんのかこら」 上から降ってくる声には、たっぷりと怒気が含まれている。きっと、こめかみには青筋も立っていることだろう。 が、ここは荒野の真ん中でもなければ宿の部屋でもない。わずかとはいえ一目もあるから、銃をぶっ放すなんてことはしないだろう。ハリセンくらいは、覚悟した方がいいかも知れないが。 「とにかく、貴方が大嫌い。何もかもが」 そう言ってはゆっくりと頭を上げ、グラスを傾けた。 口に含んだアルコールが苦い。たまらなく。 「それにね。前から言おうと思ってたんだけど、三蔵、貴方、歳サバ読んでるでしょ。 まだ二十三だなんて嘘だわ。見かけはともかく中身が老け過ぎ。信じらんない」 「今日で二十四だ」 「嘘よ、絶対嘘。門外不出の秘伝の術か何かで、若作りしてるんでしょ。 それで二十四だなんて、世の二十代男性にものすごーく失礼だわ。私は絶対信じないわよ」 「知るか」 「じゃ、貴方、本当は誕生日が来る度に、いっぺんに二歳か三歳くらい歳取るんでしょ。だから生まれてからは二十四年しか経ってないけど、年齢はもっと上だったりとか。 あら、それじゃ貴方、若く見積もっても四十過ぎってことになるわね。あはは、その方がしっくりくるわ。絶対それよ」 「勝手に言ってろ、この酔っ払い」 の飛躍し過ぎた仮説に呆れたのか、いつの間にかスツールに腰かけていた三蔵は、ふん、と小さく鼻を鳴らした。 しばしの間、沈黙が二人の間に横たわる。 店のあちこちから、かすかに客たちの話し声がする。夜も更けた故に、もう数組しか残っていないが、ここから聞く限りでは楽しい酒のようである。少なくとも、くだらない言い争いなどしているのは、自分たち二人だけのようだ。バーテンダーが渋い顔をするのも当然である。 向こうの方で、かちゃかちゃと陶器の触れ合う音がする。見ると、若い従業員が、たった今空いたばかりのテーブル席を片付けるべく、空になった皿を何枚も重ねているところだった。薄暗いので正確には分からないが、その従業員の歳は多分二十代前半くらい。奇しくも、三蔵と同じ年頃だ。 世間一般の二十代なんて、普通ああいう感じよね。自分のことは棚に上げて、は、そんなことを少し考えた。 その三蔵はと云うと、さっきまでの渋い顔が嘘のように、マイペースで悠々と酒を飲んでいた。 あんな会話をしたばかりなのに、どことなく余裕のようなものが感じられて、何となく腹立たしい。 「貴方、歳の割に落ち着き過ぎなのよ。このままじゃ、あっというまにお爺ちゃんだわ。 じじむさい趣味は別にしても、なーんか、こっちは悩んで迷ってもがいてるのに、いつでも何でも分かってて割り切ってますって顔で、横で平然としてるんだもの。腹が立つったらありゃしない」 「…………」 「全く、何で貴方は、……貴方は、いつでも」 の玩ぶグラスの中で、氷が、からからと硬い音を鳴らす。 琥珀色の液体が、かすかに波立った。 その言葉に、三蔵がふん、と小さく鼻を鳴らして、 「お前が大人気ないだけだろうが」 と言った。 冷たく突っ放したその台詞に、の片眉がぴくりと上がる。 その顔を一瞥もせずに、三蔵はこう続けた。 「後でこんな無様な姿晒すくらいなら、最初から止めときゃいいだろうが。格好付けんのも大概にしろ」 「………………」 「それともお前は、わざわざ嫌なことをやって自己嫌悪するのが好きなのか。それとも、辛いのに大変だ、可哀相だと同情されてぇのか。 どうしようもねえバカだな」 傍からは、何のことだか要領を得ない話である。だがには、すぐ判った。 見抜かれている。いや、もしかしたら、三蔵はそれ以上に。 「……だから嫌いよ、貴方って」 はそう言って苦笑すると、自らのグラスをくっと呷った。 意図せず浮かべた微笑みは、自嘲かただの開き直りか。多分、その両方だろう。 割り切れない今のこの感情は、自分自身の弱さそのもの。飲めない酒を無理に飲むのも、後味の悪さに耐え切れず、逃避しているだけに過ぎない。 そんなことは、自分でもよく分かっている。けど。 「あーやだやだ。三蔵ったら、人が落ち込んでる時に、容赦なく引導渡してくれるんだもの。 慰めろとは言わないけど、ちょっとくらい優しくしてくれてもいいじゃなーい。この薄情者っ」 「誰が慰めるか。酔っ払いの相手してやってるだけでもありがたいと思え」 「相手してくれって頼んだ覚えはないわよ。それに私、別に酔っ払ってないわ。ちょーっとお酒が回って、いい気分になってるだけよ」 「それを酔っ払ってるって言うんだろうが、このバカ」 「だから、バカバカ言わないでって言ってるでしょ。バカの大安売りするんじゃないの」 「てめぇが言うな」 「あーあー聞こえなーい」 がわざとらしく両耳を塞ぐ仕草をしたせいか、三蔵の眉間のしわが一層深くなった。 新たに火を付けた煙草をふかし、至極渋い顔をしている。中身が減っていたはずの三蔵のグラスには、いつの間にかまた酒が足されていた。 やっぱり、普段飲み慣れてる人は、飲むピッチが違うわね。ぼんやりし始めた頭で、はふとそんな事を思う。そもそも坊主が酒に強いってどうなの? という疑問は、今更なのでさっさと頭から追い払った。 タイミングを見計らって、向かいに立つバーテンダーが、の灰皿を新しい物に取り替える。 さっきから自分たちの話を聞いていて、ここで飲んでいる男の正体にも既に気付いているだろうに、表情一つ変えずにいるのだから、まさにプロの鑑である。巷では、三蔵法師と知った時点で、変に畏まったりする者が多いのに。 変なところで密かに感心しながら、がバーテンダーから目の前のグラスへと視線を移したその時、また、くらりと周りの風景が大きく揺れた。 頬は火照っているのに、足の先や手先が急に冷えていくようにも感じる。我知らず、ぶるっと身が震えた。 「――ねえ、いつまで、こんな事が続くの」 ちょっと深呼吸して落ち着いた後に、は、ぽつりと小声で呟いた。 そう。大人でも子供でも、命の重さに変わりはない。子供が駄目で大人は殺して構わないなんて、そんな馬鹿な道理がどこにあるだろう。たとえ相手が何歳であっても、人殺しは人殺しに違いない。剣を握り続けている限り、この手はいくらでも血に染まるだろうし、今更嫌だと言っても無為である。ましてや今は、天竺へと向かう旅の途中だ。 けれどは、迷わずにいられない。 殊更大人だと主張する気はないが、この年齢なら世間一般では、自分はやはり「大人」の部類に入る。そんな自分が、状況が状況だったとはいえ、子供を手にかけるなんて、と。 の浮かべる複雑な表情に気付いたか、三蔵が、ふっと顔を向けた。 鋭い紫暗の瞳が、真っ直ぐにを射抜く。その眼差しを正面から見つめ返し、は黙って答えを待った。 ややあって、三蔵が一言、 「だから、西に向かってんだろうが」 と答えた。 背後では、従業員が店の後片付けに入っている。いつの間にか、客は自分たち二人だけになっていた。 店内の照明が半分落ちて、薄暗い店内が更に暗くなる。もうすぐ閉店時間なのだろう。出入り口の方では、若い従業員が下げた看板やボードを店の隅に片付けている。おお寒い、という呟きが聞こえてきた。 ずっと向かいにいたバーテンダーが、すっと無言で離れていく。文字通り、場は二人きりになった。 わずかに聞こえる物音と辺りの暗さが、晩秋らしい底冷えが、静けさを更に際立たせる。しばしの間、二人の間に言葉はなかった。 やがて離れていたバーテンダーが、元の位置に戻ってくる。それをきっかけにするかのように、がもう一度口を開いた。 「……そう、そのとおりね。反論の余地がないわ」 からん。 の手の中で、グラスの氷が硬く澄んだ音を立てた。 一気に呷ると、アルコールが容赦なく喉を焼く。一瞬むせそうになったのをぐっと堪えて、はほうっと一つ息を吐いた。 自分たちが天竺へとたどり着き、妖怪の暴走が収まったとしても、恐らくすぐに平穏にはなるまい。 人間と妖怪との間に出来た溝は今や底が見えぬ程に深く、かつての共存が嘘のように憎しみ合っている。それ故に生まれた矛盾を、不条理を、悲劇を、この旅の中でどれだけ目の当たりにしただろう。 けれど、自分たちは今までどおり、西へ向かう旅を続ける。 先にあるのはいつだって、この男の寡黙な背中。金糸の髪を沈む夕陽にきらめかせ、確かな足取りで先へと進むこの男は、語る言葉こそ少ないけれど、その背で、その生き様で、進むべき道をはっきりと示す。 それはまさに、深い闇に差し込む一筋の光のよう。どうしろと強制することはないけれど、見つめているうちに、自ずと答えが導き出される。迷いで道を見失っても、進むべき方向をもう一度見つけさせてくれる。 世は混沌の只中にある故に、どれだけ祈れば天に届くのか、今は分からないけれど―― 最後の一杯をやっとのことで飲み終えて、がもう一度大きく息を吐く。 その様を目にし、三蔵も残っていた酒を軽々と飲み干し、すっと席を立った。 「帰るぞ」問答無用で歩を進める背中を追うべく、も慌てて立ち上がる。そして会計を終え、店を出たその時、 「………………!」 足がもつれて、派手に尻餅を付いた。 三蔵が、何事かと振り返る。訝しげに細めた目と、まともに目が合ってしまった。 「何やってんだ」呆れたような声が、上から降ってくる。したたかに打ち付けた尻をさすりつつ、うるさいわね、と一言返し、何とか立ち上がろうとした。 が、何故か足に力が入らない。あれ? と思う間もなく、頭もぐるぐる回り出す。どうやら、酔いが回ってきたらしい。 その様子に気付いたか、三蔵が、仕方ねえ奴だと言わんばかりに渋い顔をして、手を差し伸べてきた。 助けられるのは悔しいが、今はそうするより他にない。手を引っ張り上げてもらって、何とか立ち上がった――までは良かったのだが。 「――ちょっと、な、何すんのよ!」 「暴れんな。落とすぞ」 まっすぐ立ったと思った瞬間、ひょいっと三蔵の肩に担がれた。 まるで麻袋を抱えるように、無造作な扱い方である。それ以前に、抱え上げられる事自体が恥ずかしい。は下ろせ下ろせと抗議するが、三蔵はまるで聞く耳を持たず、すたすたと歩き出した。 宿までそんなに距離はないし、通りには人が歩く姿もない。それが、唯一の救いであるけれど。 「お坊様のくせに人さらいみたいな担ぎ方するんじゃないわよっ。下ろしてっ」 「煩せぇ。放って行かれないだけマシと思え」 「そんな事頼んだ覚えないわよ。大体ね、私は米袋じゃないのよ。か弱き女性に何て扱いするのよ」 「てめぇがそんな可愛げのあるタマか。いいから大人しくしろ」 そう騒ぎ立てる間にも、宿の玄関が近付いてきたらしい。後ろ向きにされているので、気付くのが少々遅れたが。 これ以上大声を出して人目を集めるのも嫌なので、は渋々、抗議するのを止めた。 途端に、ふっと瞼が重くなる。上半身を逆さにされているせいで、更に酔いが回ってきたらしい。 ああ、当分はもう飲まないようにしよう。そんなことを頭の片隅で考えながら、はそのまま、大人しく目を閉じた。 そういえば、三蔵は今日が誕生日と言っていなかったか? お祝い、どうしよう。 |