君に勧む 金屈巵 (きんくつし)





町に一軒だけの、宿屋兼酒場のテーブル。
小さく舌打ちをしたのは、どちらが先だったか……。
「えーっと、八戒……さんは、どちらへ?」
「あいつは買い出しだ」
「……ちなみに、あとの2人は?」
「悟空は外の屋台で食い歩いているし、クソ河童は嬉しそうに出かけちまった。しばらくはもどらんだろうよ」
気付かれぬよう細心の注意を払いつつため息をついてから、は腫れ物に触るように問いかけた。
「……え――、八戒さんがお戻りになるまで、待たせて頂いて宜しいでしょうか……?」
三蔵は、目だけでこちらを見て、ぼそりと呟いた。
「勝手にしろ」
ひえぇぇぇ…と、心の中で悲鳴を上げながら着席する。一方、三蔵の顔には、極太マジックで書いたように、ハッキリと『ウゼぇ』と言う文字が見て取れる。


何にしろ、は三蔵が苦手だった。八戒は笑いながら、「あれでも鬼じゃありませんから、取って食いやしませんよ。…………多分」と、言っていたが、出来たら近づきたくないことには変わりがない。怒りっぽい人間は苦手だ。
凄い人だとは思う。(本人に言ったら殺されるかもしれないが)容姿も逸品だ。でも、出来る限り「敬して遠ざけて」置きたい相手だった。


(お酒でも飲まないと、耐えらんないなぁ……)などと考えながら、渡されたメニューを見ていると、幸運にも、珍しく好みの酒が置いてあるらしい。思わず、通りかかった女将をつかまえる。
「おばちゃん、おばちゃん。ここ、白酒(パイチュウ)あるの?」
「ねえさん、目が高いねぇ。うちのとっとき、呑むのかい?」
「うん。1本ちょうだい♪」
そこで女将は、ちらりと三蔵を見る。
「お猪口はいくつにするんだい?」
はそのままの姿勢でぴたっ…と止まり、しばーーらく考えてから、一番無難であろう所に決定した。
「………………いちおー、2つで……」


赤い切り子の盃に注がれた酒を一口飲んで、三蔵は顔をしかめる。
「…………いつもこんな酒、飲んでるのか?」
「だって、好きなんですもの〜〜〜」
酒が飲めて、多少調子が戻ってきたは、にこにこしている。瓶の中身は、70パーセントのアルコールだ。
(ヤツと飲み明かせる訳だ……)と、三蔵は思わず、こめかみに指を当てる。
「今夜は私もこの宿に泊まりますから、あとは寝るだけですし〜」
三蔵の眉間のしわが、いよいよ深くなる。今夜は、煩いのがもう1人追加だ。


旅の邪魔をするわけでは(一応)ない。同行しているわけでもないから、足手まといともいえない。ただ、何やらしょっちゅう、色々な場所で行き会うこの女性の正体を、三蔵は未だ掴みきれずに居た。


「なぜ、俺達に絡んでくる?」
「良い男を追っかけるのは、女の本能で………………いえあの、冗談です」
ジャキ……と、懐で撃鉄を起こす音がして、はにこにこ顔のまま1メートルほど後じさった。
未だ多い人目を煩わしく思ってか、一応銃を収めつつ三蔵はをジト目で睨む。
「……いっぺん死ぬか?、この酔っ払いが」
「でも、あながち嘘ではないんですよ。いえ、真面目な話……」
の表情が、ふわりと、『女性』の色を含む。
「惚れた男を、いつまでも追いかけて行けるって言うのは、女として幸せなことです」
「奴は今でも、死んだ女を忘れてねぇぞ」
「わかってます」
は、本当に、幸せそうに微笑んだ。
「私が勝手に、追いかけて絡んでいるだけですから」

三蔵は、「……ふん」と、鼻をならして、自分の盃に目を落とした。
は、それに酒を注ぎ、次いで、自分の盃にも酒を満たした。
程よく回ってきた酔いが、彼女の冒険心を、ふと、くすぐる。
「……それにね、魅力的なのは、あの人だけじゃないですよ」
三蔵の眉が、ぴくりとはね上がる。
「悟浄はもちろん、悟空も、……そして貴方も……」
は言葉を切り、自分にぴたりと突きつけられた銃口を見つめた。

相手の顔の真ん中を狙ったまま、微動だにせず、三蔵は口を開いた。
「八戒も俺も、あとの2人も、手は既に血で汚れている。……それは分かってるんだろうな」
は、今度は、動じない。
「1つ、教えて差し上げましょう……」
静かに、艶やかに、微笑む。
「女っていうのは、常に、血を流しながら生きているんですよ。ですから……」
彼女は、自分の盃を、銃口に合わせた。
チン、という涼しげな音。反射する色は、赤。
「……好いた男の手が、血に染まっていようがいまいが、それは大した問題じゃないんです」

盃と銃を挟んで互いを伺い、そして、2人は同時に、ゆっくりと視線を外した。



息をつき、緊張した空気を払って、が再び瓶を手にしようとするのを、ぷいと三蔵が横取る。
「……!?」
「俺にばっかり、呑ませんな」
ずいと瓶を差し出し、三蔵は言った。
「八戒と比べられるのは真っ平だ。それとも、俺の注いだ酒は飲めんのか?」
は、一瞬、目を丸くした。そして、きちんと膝を揃え、嬉しそうに笑いながら、両手を添えて恭しく盃を差し出した。

「ご酒、有り難く頂戴いたします。玄奘三蔵法師様」









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