Junk!


― 1 ―



 何人もの女たちが脅え、男たちが哄笑をを上げるなか。

 ――あたし、何でこんなところにいるんだろ……。

 薄暗い屋敷の一室の中。
 は、一人深いため息をついていた。


 旅の途中、ふらりと立ち寄った小さな村で。
 は、ひとつの問題事を引き受けた。
 
 この近くに何人もの妖怪が住みついて、女たちを寄越せと言ってきた、というものだ。
 すでに村の男たちが退治に出向いたが、帰ってきたものは誰一人としていないという。
 おまけに、女を連れてこなければ村人全員を殺すとまで脅され、ほとほと困り果てている。
 何かと首を突っ込みたがる性分か、彼女は返事ひとつで安請け合いをしてしまった。
 豪華な衣装に身を包み、深いヴェールを被って。
 同行することになって、涙に暮れる女たちを励ましながら、妖怪たちが乗っ取った屋敷に赴いた。

 のだが。
「……あーーーーーー、だりい……」
 率直な感想である。
 の傍らの女は、暗い表情で重く沈んでいるというのに。
 確かこの女は、新婚間もないと聞いた。新婚早々に夫と引き離され、さぞかし悲しいことだろう。
「……大丈夫、任せなさい」
「でも」
 そっと耳元で囁くと、絶望の色を濃くして女が小さく言ってきた。
「あたしが信用できない?」
「だって、あなたは女の人でしょう?怖くないの」
「あんまりねー。こんだけくだらないことやってる馬鹿どもよ?」
 あっけに取られる女が、次の瞬間には恐怖に凍りついた。

「姉ちゃん、何こそこそしてんだ?」
 下卑た笑みを浮かべて、男が近づいてきた。
 とがった耳と、顔に浮かび上がる不可思議な痣。
 しかし、その不細工な風貌と絶妙なアンバランスで、その痣はまったくもって似合わない。
「いいえ、何も」
「ふーん……そういうもんかねえ」
 そう言って、離れてくれればいいものの、男はの肩に手を回してきた。
 途端、背に粟立つものを感じて、思わず顔をしかめる。
「……おやめ下さいまし」
 少し困ったように演技をしてみたが、どうもしっくりこない。
 それを言われれば、男のほうはますます調子付いた。顔を近づけ、にっと笑ってみせる。
 ――うあ、気色わりい。
 吐き気すら催すその汚い顔に、はますますうんざりした。
 己の足元を見れば、くっきりと見える『影』。
 もう、我慢も限界に近い。
「……こんだけいいカラダしてんだ。楽しませてくれるんだろう?」
 その言葉に。
 ぷつん、と。何かが切れた。

「……いい加減にしな。この不細工妖怪」
「……は?」
 低い声で吐き捨てると、男は一瞬ぽかんと口を開けた。
 その隙を狙って男の鳩尾に肘打ちを食らわせ、腕をすり抜けて立ち上がると。
 は無言でヴェールと豪華な衣装を乱暴に脱ぎ捨てた。
 鮮やかな赤い髪、濃紺の道士服。
 これが、彼女の本性だった。
「な、なにもんだてめえ!!」
 後ずさりながら叫ぶ男には答えず、指先を唇に寄せて。
 冷ややかな笑みを浮かべ、彼女は命じた。
「……おいでな、殴鬼」
 の足元――影から異形の獣が姿を現し、目の前の男を引き裂いたのは、次の瞬間の出来事だった。


 そこから先は、と獣たちののやりたい放題であった。
 囚われた女たちは召還したヒト型の獣たちに任せ、自由奔放に暴れまくった。
 阿鼻叫喚とは、このことである。
 女たちを見送った獣たちが彼女の影に戻るころには、すでに妖怪たちは動かなくなっていた。

「――あー、すっとした!」
 うーん、と思い切り伸びをして、晴れやかに笑う。
 正直、こういう囮という奴は彼女の性に合わないのだ。
 式鬼遣いを生業として旅を続けているが、こんな風に悪者退治を請け負う数は圧倒的に少ない。
「……前あの子と一緒に組んでたときは、割と暴れられたんだけどなあ……」
 そういえば、彼女は元気かしら、と思いを馳せた時。
 後方から強い妖気を感じて、咄嗟に振り返って身構える。
「……これは、いったいどういうことだ」
 見知らぬ青年が、そこに立っていた。

「……どういうことって、何が?」
「貴様に聞いているのではない」
 彼はそっけなく答えてから、足元でうめいている一人を見下ろした。
「何故ここにいる。三蔵一行を追うのではなかったのか」
「い、いえ……あの、我々は……」
 激痛に耐えながら青年の問いに答える男の顔は、完全に萎縮している。
「あのさー、そこのおにーさん」
「何だ。貴様には用はない」
「用はあるわよ。あんた、この馬鹿どもの一番えらい人?」
「だとしたらどうする」
「んー、こいつらのやってたこと、代わりに説明できるわよ、あたし」
「ほう。ならば、聞かせてもらおうか」
 青年の言葉に、は事情をかいつまんで説明した。

「……三蔵一行を追わず、何を遊びほうけているのだ」
 もはや青年が部下を見下ろす瞳は、ぎらぎらとした怒りに輝いていた。
「あ、あの……こうしておけば、三蔵一行が……」
「言い訳は聞かん」
 ぴしゃりと言い捨て、の方を向き直る。
 改めて青年を見れば、端正な顔立ちの妖怪だった。
 しなやかな体躯、褐色の肌。鋭い瞳は、己にも厳しそうな印象すら受ける。
「こいつの始末は、貴様に任せよう」
「あら、随分とあっさり見捨てるのね」
「俺の部下と呼べる者は、数えるほどしかいない。それにこいつらは、勝手に押し付けられてきただけのことだ」
 ふと、はあることを思い出した。
 確か、昔々にこの桃源郷を恐怖のどん底に陥れた大妖怪がいたという。
 彼には息子がいて、そのとき共に封印されたと――。

「……もしかして、あんた紅孩児、とかいう?」
「そうだが」
 ――ほえー……結構すごい奴じゃん。
 の感想は、やたらとシンプルである。
 もちろん、それほど肝が据わっていないと彼女の『何でも屋』稼業は務まらないのも事実ではあるが。
 それはともかくとして。
「まあ、とりあえず……どうする?一旦ここからずらかった方がいい?」
 は、明るく笑って提案した。











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