― 2 ―



「さてと。……あ、煙草吸っていい?」
「構わん」
 屋敷から脱出して一息ついたは、彼に許可をもらって煙草に火をつけた。
 独特の細長い煙草から薄い紫煙が立ち昇る様を確認してから、視線を紅孩児に向ける。
 その表情に、いぶかしげに尋ねてみると、
「何、そんなに変?」
「ああ」
 細長い紙のケースを懐にしまうに、彼は難しい顔で頷いた。
「女が煙草を吸うのは、俺からすればあまりいいものではない」
「しょーがないのよ。性分だから」
「そういうものか?」
「そういうもんです」
 にっこり笑って言う。
 やがて何かに諦めたのか、彼は小さく苦笑いを浮かべた。
「なかなか面白い女だ。名はなんと言う」
。しがない何でも屋をやる式鬼遣いよ」
、か。覚えておこう」
「ありがと」
 彼の言葉に、小さく笑みを浮かべる。
「しかし、式鬼とは聞いたことがないな」
「うん、式神とはちょっと違うね」
「召喚術と似ているのか?」
「たぶん、似たようなものだと思う。異世界の獣と盟約を取り交わして、使役する術だから」
 説明しながら、は己の手に視線を移した。
 何故己の手を見るのか、彼女自身も分かってはいないが。
「お前は、どこか変わっていると思うが……違うな」
「どのへんが違うの?」
「全部、変だ」
「……結構きっついこと言うね、あんた」
「お互い様だろう」
 お互いに小さく含み笑いをした、その瞬間だった。


「!」
 は真剣な顔つきになり、吸っていた煙草を投げ捨てた。紅孩児も、すでに何かを察知しているようだ。
 屋敷の屋根にいるのは、ふらふらした妖怪が一人。
「ちくしょう……こうなったら、まとめて殺しちまえっ!!」
 野太いの声と共に、巨大な獣がのっそりと競り上がってきた。
 異形の姿は、召喚術によって顕現しているようだ。
「獲り逃したな」
「そうみたいね。詰めが甘かったか」
 冷静な紅孩児のコメントに、は頭を掻きながら呟いた。
 どうやらが屋敷で暴れた時、どさくさで逃げ延びた者がいたらしい。
 次の瞬間。
 獣が大きく口を開けたかと思うと、真っ白い氷の粒が勢いよく吐き出され、二人は咄嗟に後ろに跳躍して避けた。
「手前らの首を、まとめてあの御方にくれてやる!!」
 屋根の上でずり落ちそうになりながら、男が高笑いを上げる。
「うわー」
「なるほど、氷を操る召喚獣か」
 呟き、紅孩児がを見やる。
 その瞳に、何かを感じ取ったのは、たぶん気のせいではないだろう。
、時間を稼げ。一気に仕留める」
「わかった。どのくらい?」
「少しでいい」
「了解!」
 たった、二言三言。
 打ち合わせは、それで十分だった。
 
 まず、は召還獣に向かって走り出した。
「こっちだよ、デカブツ!」
 挑発するようなセリフを吐きながら、手のひらを2回打ち合わせる。
 そこから現れたのは、数枚の白い札。
 吸い込まれるように手中に収まった札を握り締めたかと思うと、念を込めて投げつけた。
「火炎符よ、劫火となりて焼き尽くせ!」
 彼女の命令どおり、札は炎の塊となって召喚獣に襲い掛かるものの、吐き出された氷の粒がその効果を打ち消してしまった。
「そんな火の玉が効くかぁ!!」
 男が、げらげらと笑う。
 もとより、の頭には火炎符が獣相手に効果を持つとは考えていなかった。
 要は、紅孩児が召喚術を完成させるまでの時間稼ぎができればいい。
 ちらりと彼を見れば、精神を集中し、異世界より獣を呼び出す真言を紡ぐ姿がある。
 さらに虚空から幾つもの札を出現させ、はそれを投げつけた。
 だが、獣にはてんで当たらない。動きがすばやくて、勢いよく投げられた札を避けられてしまうのだ。
「――デカブツのくせに、どーしてすばしっこいのよ!?」
 憎まれ口を叩くが、それでも札を投げつけていく。
 彼女の思惑は、別にあったからだ。
「行きな、炎鬼!」
 は、すかさず式鬼を召喚した。なりはあの獣より小さいものの、炎の威力はその耐久力をも上回るはずだ。
 彼女の影から出現した炎鬼は、口から炎を吐き出して獣を牽制する。
「もうちょいよ、もうちょい……」
 呟きながら、獣の距離を測り。
 ――今だ!
 は叫んだ。
「戒めの鎖よ、今こそその力を成せ!」
 直後、ぴしりと召還獣が動かなくなった。
「ちくしょう、動きやがれ!この能無しが!!」
 男の叱咤に応えようと獣がもがくが、その太すぎる強靭な足は、根でも貼り付いたように動かない。
 彼を見ると、術が完成していた。
 すべては、この時を待っていたのだ。
「今よ、紅孩児!」
 が叫ぶ。
「離れろ、!……炎獄鬼!!」
 紅孩児が放った召喚獣は、戒められた獣を術者ごと焼き尽くしていた。


「いやー、派手にぶちかましたわねー♪」
「それはどうでもいいのだが」
 ご機嫌なに、紅孩児は憮然とした表情で尋ねてきた。
「何故、俺たちはここに来なければならないのだ?」
 彼の言う通り、二人は街の食堂の一角を陣取っていた。
 は先ほどと変わらない格好だが、紅孩児のほうは白い外套を頭から被っている。
 そのなりでは目立つから、と、彼女が彼に貸したのだ。
「だってさー、あんたの力がなかったら、あたしとっくにお天道様の上に行ってたんだもの。頭の上に輪っか乗っけてさ」
 頭上のわずか上を指差し、明るくのたまうである。
「だからここか?」
「そうよ。奢られてやるんだから感謝なさい」
 助けてもらったと言いながらふんぞり返ると、紅孩児は苦笑いを浮かべた。
「わかった。それならば……」
 傍らの声を無視して、は手をぶんぶんと振りながら店員に声をかける。
「おじさん、ここのメニューの端から端まで全部頂戴。あ、デザートはあとでねー♪」
「ちょっと待て」
 メニューを開く紅孩児から、真顔でツッコミが入った。
 こめかみのあたりを見れば、ちょっぴり汗が浮いているのがわかる。
「なに」
「貴様の胃袋はどこに繋がっているのだ?」
「しょーがないじゃん、お腹減ってるんだから」
 失礼ね、と呟きながら話を続ける。
「式鬼の餌は、そのままあたしのご飯だからね。あたし一人で片付けられたら、定食一つで片付くんだけどさ」
「で、その量か」
「そーよぉ。あんたが来る前に式鬼結構遣ったから」
「いったい、どれだけ派手に暴れたのだ」
「戦闘型が三体とヒト型三体くらいかなー」
 かなり物騒な会話をしているうちに、料理が次々と運ばれてきた。はそれを、端からものすごい勢いで平らげていく。
「……なんと言うか……見ていると食欲なくすな……」
 大盛りのレタスチャーハンと五目ラーメンを前にしておきながら、紅孩児がげんなりした顔で言った。
「あら。デザートのひとつくらいは回してもいいわよ?」
「そういう問題ではないだろう……」
 ちぐはぐな問答をしている二人に、エプロン姿の女性が料理を持ってきた。
 が。

「あれ、おねーさん。その海老餃子とフカヒレ餃子……」
 が口を出したが、女性の視線は傍らの紅孩児に集中していた。
 視線に気づいたのか、紅孩児がふと顔を上げると。
「……やはり、紅孩児様。何故ここに……?」
 女性は、ひたすら呆然とした口調で、そんなことを言い出した。










Material from "Cha Tee Tea"