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「さてと。……あ、煙草吸っていい?」 「構わん」 屋敷から脱出して一息ついたは、彼に許可をもらって煙草に火をつけた。 独特の細長い煙草から薄い紫煙が立ち昇る様を確認してから、視線を紅孩児に向ける。 その表情に、いぶかしげに尋ねてみると、 「何、そんなに変?」 「ああ」 細長い紙のケースを懐にしまうに、彼は難しい顔で頷いた。 「女が煙草を吸うのは、俺からすればあまりいいものではない」 「しょーがないのよ。性分だから」 「そういうものか?」 「そういうもんです」 にっこり笑って言う。 やがて何かに諦めたのか、彼は小さく苦笑いを浮かべた。 「なかなか面白い女だ。名はなんと言う」 「。しがない何でも屋をやる式鬼遣いよ」 「、か。覚えておこう」 「ありがと」 彼の言葉に、小さく笑みを浮かべる。 「しかし、式鬼とは聞いたことがないな」 「うん、式神とはちょっと違うね」 「召喚術と似ているのか?」 「たぶん、似たようなものだと思う。異世界の獣と盟約を取り交わして、使役する術だから」 説明しながら、は己の手に視線を移した。 何故己の手を見るのか、彼女自身も分かってはいないが。 「お前は、どこか変わっていると思うが……違うな」 「どのへんが違うの?」 「全部、変だ」 「……結構きっついこと言うね、あんた」 「お互い様だろう」 お互いに小さく含み笑いをした、その瞬間だった。 「!」 は真剣な顔つきになり、吸っていた煙草を投げ捨てた。紅孩児も、すでに何かを察知しているようだ。 屋敷の屋根にいるのは、ふらふらした妖怪が一人。 「ちくしょう……こうなったら、まとめて殺しちまえっ!!」 野太いの声と共に、巨大な獣がのっそりと競り上がってきた。 異形の姿は、召喚術によって顕現しているようだ。 「獲り逃したな」 「そうみたいね。詰めが甘かったか」 冷静な紅孩児のコメントに、は頭を掻きながら呟いた。 どうやらが屋敷で暴れた時、どさくさで逃げ延びた者がいたらしい。 次の瞬間。 獣が大きく口を開けたかと思うと、真っ白い氷の粒が勢いよく吐き出され、二人は咄嗟に後ろに跳躍して避けた。 「手前らの首を、まとめてあの御方にくれてやる!!」 屋根の上でずり落ちそうになりながら、男が高笑いを上げる。 「うわー」 「なるほど、氷を操る召喚獣か」 呟き、紅孩児がを見やる。 その瞳に、何かを感じ取ったのは、たぶん気のせいではないだろう。 「、時間を稼げ。一気に仕留める」 「わかった。どのくらい?」 「少しでいい」 「了解!」 たった、二言三言。 打ち合わせは、それで十分だった。 まず、は召還獣に向かって走り出した。 「こっちだよ、デカブツ!」 挑発するようなセリフを吐きながら、手のひらを2回打ち合わせる。 そこから現れたのは、数枚の白い札。 吸い込まれるように手中に収まった札を握り締めたかと思うと、念を込めて投げつけた。 「火炎符よ、劫火となりて焼き尽くせ!」 彼女の命令どおり、札は炎の塊となって召喚獣に襲い掛かるものの、吐き出された氷の粒がその効果を打ち消してしまった。 「そんな火の玉が効くかぁ!!」 男が、げらげらと笑う。 もとより、の頭には火炎符が獣相手に効果を持つとは考えていなかった。 要は、紅孩児が召喚術を完成させるまでの時間稼ぎができればいい。 ちらりと彼を見れば、精神を集中し、異世界より獣を呼び出す真言を紡ぐ姿がある。 さらに虚空から幾つもの札を出現させ、はそれを投げつけた。 だが、獣にはてんで当たらない。動きがすばやくて、勢いよく投げられた札を避けられてしまうのだ。 「――デカブツのくせに、どーしてすばしっこいのよ!?」 憎まれ口を叩くが、それでも札を投げつけていく。 彼女の思惑は、別にあったからだ。 「行きな、炎鬼!」 は、すかさず式鬼を召喚した。なりはあの獣より小さいものの、炎の威力はその耐久力をも上回るはずだ。 彼女の影から出現した炎鬼は、口から炎を吐き出して獣を牽制する。 「もうちょいよ、もうちょい……」 呟きながら、獣の距離を測り。 ――今だ! は叫んだ。 「戒めの鎖よ、今こそその力を成せ!」 直後、ぴしりと召還獣が動かなくなった。 「ちくしょう、動きやがれ!この能無しが!!」 男の叱咤に応えようと獣がもがくが、その太すぎる強靭な足は、根でも貼り付いたように動かない。 彼を見ると、術が完成していた。 すべては、この時を待っていたのだ。 「今よ、紅孩児!」 が叫ぶ。 「離れろ、!……炎獄鬼!!」 紅孩児が放った召喚獣は、戒められた獣を術者ごと焼き尽くしていた。 「いやー、派手にぶちかましたわねー♪」 「それはどうでもいいのだが」 ご機嫌なに、紅孩児は憮然とした表情で尋ねてきた。 「何故、俺たちはここに来なければならないのだ?」 彼の言う通り、二人は街の食堂の一角を陣取っていた。 は先ほどと変わらない格好だが、紅孩児のほうは白い外套を頭から被っている。 そのなりでは目立つから、と、彼女が彼に貸したのだ。 「だってさー、あんたの力がなかったら、あたしとっくにお天道様の上に行ってたんだもの。頭の上に輪っか乗っけてさ」 頭上のわずか上を指差し、明るくのたまうである。 「だからここか?」 「そうよ。奢られてやるんだから感謝なさい」 助けてもらったと言いながらふんぞり返ると、紅孩児は苦笑いを浮かべた。 「わかった。それならば……」 傍らの声を無視して、は手をぶんぶんと振りながら店員に声をかける。 「おじさん、ここのメニューの端から端まで全部頂戴。あ、デザートはあとでねー♪」 「ちょっと待て」 メニューを開く紅孩児から、真顔でツッコミが入った。 こめかみのあたりを見れば、ちょっぴり汗が浮いているのがわかる。 「なに」 「貴様の胃袋はどこに繋がっているのだ?」 「しょーがないじゃん、お腹減ってるんだから」 失礼ね、と呟きながら話を続ける。 「式鬼の餌は、そのままあたしのご飯だからね。あたし一人で片付けられたら、定食一つで片付くんだけどさ」 「で、その量か」 「そーよぉ。あんたが来る前に式鬼結構遣ったから」 「いったい、どれだけ派手に暴れたのだ」 「戦闘型が三体とヒト型三体くらいかなー」 かなり物騒な会話をしているうちに、料理が次々と運ばれてきた。はそれを、端からものすごい勢いで平らげていく。 「……なんと言うか……見ていると食欲なくすな……」 大盛りのレタスチャーハンと五目ラーメンを前にしておきながら、紅孩児がげんなりした顔で言った。 「あら。デザートのひとつくらいは回してもいいわよ?」 「そういう問題ではないだろう……」 ちぐはぐな問答をしている二人に、エプロン姿の女性が料理を持ってきた。 が。 「あれ、おねーさん。その海老餃子とフカヒレ餃子……」 が口を出したが、女性の視線は傍らの紅孩児に集中していた。 視線に気づいたのか、紅孩児がふと顔を上げると。 「……やはり、紅孩児様。何故ここに……?」 女性は、ひたすら呆然とした口調で、そんなことを言い出した。 |