Thank you for your birth

― 1 ―




 ガラが悪いとしか、言い様がなかった。
 例えば、それが朝と言うか昼に近い真昼間であろうと。その割りに酒場が真昼間から開いていようと、ついでに酒場では真昼間だと言うのに良い年をしたおっさんやら兄ちゃんやらが酒と賭け事に興じていていようが。
(シケてんなあ……これで姉―ちゃんの一人でもいりゃあ、まだ慰めになるんだがな)
 昨夜ついた時点では、まだ安っぽい女達がいたのだが。流石に昼間は眠っているのだろう、自分はすぐに宿に引っ込んで―――連れて行かれたとも言うが、その為にどうなったかは知らない。
 正直な所、その姿は目立っていた。ただ、その鮮やかな色彩も気落ちに近い状態では鮮やかさもくすんでしまうと言うものであり。
「あ……!」
「おっと、悪いな。大丈夫か?」
 立ち上がった時に、何かにぶつかったと思った。
 仲間達―――と言い切るにはいまいち問題があるのだが、彼らに比べれば意外にも常識人である為。本人は案外自分自身の性格が嫌いではなかった。だからこそ、彼は基本的に女→子供→男と言う順番が最優先になっている性格も嫌いではなかった。
 なぜなら、女は微笑むだけで暖かな寝床と酒を与えてくれる。子供は、いつか恩を売っておけば役に立つかも知れない……などとは思わないが、自分より弱い相手に対して優越感を持つのはばかばかしいと思っている。そんな気がする。
「えーと、うん……大丈夫」
 白い子供、だった。
 正確には違うが、シンプルで決して高価とは言えない貫頭衣を着ている。手に持っていた箱は、ぶつかった衝撃で綺麗とは言えない床に叩き潰されてしまっている。
「悪ぃ、大丈夫か?」
 慌てているのは、別に側に子供の身内がいるかも知れないとか思ったわけではない。
 ふくよかな顔と体つきに、にこやかな笑顔。どうやら怪我はしていない様だが、つぶれた箱を見る顔は少し曇る。
「ううん、余所見してたから。ごめんなさい」
 彼は、子供らしい子供が割りと好きだった。
 ……とは言っても、決して普段可愛くないと思っている子供を相手にしているからではない。周囲にはそう見えないし、可愛くない所が可愛いと思っていなければ、我慢してまで一緒にいようとは思わない。
「怪我はないか?」
 ちらっと見た限りでもないのは判っていたが、どこをぶつけていないとも限らない。
「うん、大丈夫。ありがとう……」
 語尾が小さくなるのは、崩れてしまった箱を見つめてからだ。
 どうやら大切なものだったらしく、箱は子供の服より更に白く見えた。
「大事なものだったのか?」
 とりあえず、子供が店から出ようとしたので自然と後を追う形になる。
 肩のあたりでさっくりと切られた髪は、太陽の下で少し明るい茶色に見えたし。振り返った姿は無論の事、ぱたぱたと小走りで通りに出る姿も可愛いらしかった。
 まだ、世界の事も世間の事も何も知らない様に見えるのが。痛々しいくらい羨ましい気がするけれど、同時に考えを放棄する。
「うーん、が……」
って言うのか?」
 考え事をしながら口を開いたらしい子供の言葉を遮る形で、彼は口を開いた。
「俺は悟浄。沙悟浄って言うんだ、よろしくな」
 その手が影を造り、子供の顔を覆った。
 その手が視界を遮り、広げられた指先が子供の頭に触れた。
「……うん、悟浄お兄ちゃん!」
 子供の笑顔は明るく、それを見ていた悟浄の顔も明るかった。
「じゃ、行こうか?」
「行くって、どこに?」
の大事なもの壊しちゃったからな、それのお詫びだ」
 差し出された手は、自然に伸ばされていた。
 意識はなかったけれど、それは当たり前な気がした。
「箱の中身はなんだったんだ?」
「焼き菓子……」
 一瞬のためらいと、けれど否定されなかった故の放置にも似た慣用。
 それが、7歳くらいの幼子に見える故の無意識だったからこそ。
「あの大きさだと……ケーキか。何かのお祝いか?」
 打算が無かった、などとは言わない。
 特に可愛いとも美人とも言えないけれど、その姉やら母親やらがやはり普通かどうかはわからないし。普通であっても女性ならば声をかけるのは礼儀だと、もしかしたら本気で思っているかも知れない……少なくとも否定はしないだろう。
「生まれたの、ありがとうなの!」
 僅かなボキャブラリーを駆使して、子供が一生懸命に語っている。
 周囲から見ればまるで保父さんの様であるが、仮に言われたら軽く受け流しつつ全力で悟浄は否定するだろう。きっと「おとーさんはもう居るから」とでも言って。
「ふうん?」
 面白そうな顔をして見るが、会話の中身は脳みそフル回転で考えているのは確かだ。
 なぜなら、少なくとも自分の起こした行動がきっかけで幼女の誕生日プレゼントを台無しにしてしまったのだから。男としても良い大人としても、恥ずかしくてたまらないだろう。せめて、埋め合わせの一つもしなければ。
「じゃ、同じものを探すか?」
「ううん、ごめんなさいなの」
 どうやら、落としてしまった事を謝るから大丈夫だとでも言いたいのだろう。
 しかし、それで子供が今晩誰かの怒りを買うと思うと寝覚めが悪い。
「おいおい、子供が遠慮なんかするなよ。
 おにーちゃんが、もっとすっげーケーキ買ってやるからさ」
 代わりにはならないだろうけど、と心の中でつけたし。
 懐を探っていた手を止める。
 少なくとも、幼女の前でくわえ煙草はよくない。








>> Go to Next Page <<


>> Return to index <<

Material from "晴天電脳工房"(閉鎖)