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「何をしてる、悟浄」
 聴きなれた声を背中で聴いて、悟浄が立ち上がり振り向く。
「ああ? 何って、これが……」
 いつもの口調で言いそうになってしまい、悟浄は慌てながら手で口を塞ぐ。
「……あれ?」
 いつもなら、ここで軽口か嫌味の一つくらいある筈だが少し様子が違っていた。
 いつもと違った反応を返し、おまけにそこいら辺りの足元をきょろきょろしている。
「っかしいなあ……?
 なあ、三蔵。これっくらいの……」
 言いつつ、悟浄は自分の腰よりちょっと下あたりを手で示してみる。
「女の子、見なかったか?」
「……しらねえな」
「そうか、どこいっちまったんだあ?」
「お前が宗旨替えした事なんぞ、誰がいちいち……」
「マテこら」
 ここで、右手中指を立ててしまった悟浄に非がないかと問われれば……。
 あえてコメントは控えさせていただきなるのが人情、と言うものなのかも知れない。
「誰が宗旨替えだって?」
「そこの河童だ」
 さらりとのたまった三蔵は、もしかしなくても機嫌が悪くないらしい。
 確かに、いつもはもっと口も悪いし手癖も悪いし足癖はもっと悪い事も日常的なのだが。少なくとも懐に忍ばせた銃の激鉄を挙げる音は聞こえず、そう言えばいつもより全然静かなのだと気づく。
「あれ、悟空は?」
「さあな」
 いつも通りと言えばいつも通りの様子で、そのまま三蔵は台所へ進む。
 台所で二、三言をかわした様子があったが。用事が済んだのか三蔵は背中を向け。珍しいこともあるものだと感心しそうになった時、巨大な泥団子が宿屋を襲撃した!
「な、なんだ!?」
「もしかして、悟空。か?」
 そう、なだれ込んだ真っ黒な物体は悟空だった。
 いつもの旅装ではなく、シャツと短パンだけと言うだけの格好で。どちらかと言えば、見ている方がちょっぴり寒さを覚えてしまうくらい。それなのに、その元気度は常に比べて当社比2割5分増しと言った感じだ。
「……なにをしてやがる、この馬鹿猿がぁっ!」
 すぱーん!
 やはり懐に忍ばせていたのか、それとも常に用意しているのか。気が付けば、悟浄の脇を通り過ぎた三蔵がハリセンで悟空の脳天をたたきつけていた。
 叩き終わってすっきりしたのか、三蔵は再び袂にハリセンを入れたようなのだが……最近、虚空からハリセンを取り出してしまう人達が増殖していると言う噂もあるので。深く考えない方が良いだろう、と言う結論に自動的に達していた。
「とっとと起きろ猿! お前、その辺でこれっくらいの女の子見なかったか?」
 悟浄から見ると、りょうど悟空はさかさまになる筈なのだが。
「……ロリコン」
 ぶぉん!
 殴りつける、まさにそのタイミングを見極めたがごとく悟空が起きる。
 泥だらけの姿ではあるが、悟空の嗅覚は健在なのだろう。
「良いにおいがする……うまそー」
 心から嬉しそうな顔をして、匂いの元へ行こうとしたのだが。
「お前、そんな格好で台所に行くなよ。せめて着替えるくらいのだなあ……」
「ケーキできましたよ、悟浄」
 タイミングが良いんだか悪いんだか、八戒がケーキを持って現れたのだから当然……。「食っていいの!」
 疑問と言うより確認と言うか、どちらかと言えば脅迫に近い迫力を持って飛びつこうとした悟空を。なぜか、三蔵のハリセンと悟浄のげんこつが悟空を留めていた。
「いって〜〜〜〜〜〜っ! 馬鹿になったらどーすんだよ!」
「安心しろ、悟空。お前はじゅーぶん馬鹿だ」
「真顔で言うな、このエロエロロリコン河童ー!!」
「何を!? てめー、この猿!」
 この間、延々と続きそうになった喧嘩を。
 いつもの事とばかりにケーキを片手に持った八戒が、ちょうど玄関先だからと借りた向日葵のアップリケのついたエプロンを払いつつ。
 三蔵が3発ばかり銃を撃ちまくり「殺すぞ、てめえら」とすごむだけで事態は収縮したのだから。今日は、かなり平和な日と言えるのだろう……おそらく。
「悟空、夕飯の時に出しますから。それまでにお風呂入って服を替えてらっしゃい」
「判った……でも、我慢できるかなあ?」
 悟空の顔は、真剣に心配していた。
「ところで、悟浄にしては気が利きますね」
 三蔵相手に愚痴をこぼす悟空に聴かれぬ様にして、八戒が悟浄に耳打ちした。
「あ、なにが?」
「何って、今日は悟空の誕生日じゃないですか。だからケーキなんでしょ?」
「いや、そう言うんじゃなくて……」
 半分くらい上の空で考えながら、不意にさっきの子供が言っていた事を思い出す。
 探しているものがあって、それは誕生日で。探し物はみつかった気がして、だけど少し違っていて。
 そうか、と悟浄は理解する。
 子供が探していたのは、悟空だったのだと。別に、確たる根拠などまったくない。
 しかし、何よりの証拠は子供がケーキを受け取らずに消えた事だ。すでに受け取って欲しい人物が来るのがわかっていれば、ここで待っている必要はないだろう。
 ただ、なぜ何も言わなかったのかは判らないが。
「楽しみだなあ、のケーキ!」
 驚きの空気をまとい、三蔵と八戒が悟浄を見た。
 スモモと、ココナツと、木の実とリキュール類で味付けられたケーキは。
 その夜、幸せそうな顔をした悟空の中へ全て消えたと言う。







すもも 【李・酸桃】
バラ科の落葉高木。中国原産。古く渡来し、果樹として栽植される。葉は狭長楕円形。春、葉に先立って、葉腋に白色の五弁花を一〜三個つける。果実は球形の核果で、赤紫色または黄色に熟し、甘酸っぱい。生食するほか、ジャム・果実酒・乾果などにする。巴旦杏(はたんきよう)・ソルダム・サンタローザなどの系統がある。ほかに、ヨーロッパから伝わった西洋スモモも栽培される。プラム。[季]夏。〔「李の花」は [季]春〕









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