生 々 流 転




「……ナニコレ」
 金の瞳を持った少年、悟空が見たのは屍となった赤い髪の青年。悟浄だった。
「ああ……いつもの事ですよ、悟空。
 おかげで、ちょっとばかり三蔵の機嫌が悪くなっちゃったんですけどね」
 答えたのは皆のお母さん……もとい、黒髪で片眼鏡の青年。八戒だ。
 よく見る苦笑であるので、これがいつもの事であるのは確かだが。
「ちょっとだけひどくね?」
「ええ……まあ……食卓にある桜の枝で、ちょっとからかったんですけどね。
 大した事は言ってない筈なんですが……枝を注目した三蔵に悟浄が「花なんか愛でて珍しいねえ、チェリーちゃん」とか言ったら……この有様なんですよ」
「ふうん……」
 今にも息絶えるんじゃないかと思えるほどの様子の悟浄を横目に、八戒は宿で出された食事を配分し。姿が見えないところを見ると拗ねて自室に篭った三蔵を放置する事にし、悟空は出された食事に手をつけた。
 こう言う時、速攻で三蔵に声をかけるとろくな目に合わない事をこの三人はよく知っていた……それでも口を出して手を出してしまうのが悟浄と言う存在なのだが。
「なあ八戒、その枝もらっていい?」

 何時頃からかと問われれば、特に大した事ではないと思っていた。
 恐らくは誰よりも彼女自身が自身の事であると言う自覚をどこかに忘れてきたからなのかも知れない。
「何も、問われぬのか……」
「何を問われたいと仰せですか」
 粗末な小屋だ。
 下手をすればいっそ、小屋なしの方がマシな生活を送っているのではないかと。町へ行けば納屋の方が余程立派な建物でないかとすら思える、風が吹けば倒れそうなものだ。
「それに、これより……『彼の方』がおいでになります」
 粗末な小屋の中は、やはり外見に相応の小屋。
 小さな寝台、僅かな家具に籠に入った幾つ物の植物は全て周囲の森の中で採れたもの。また、僅かではあるが文明のにおいを感じさせるものもある。机の上にある茶器に手鏡等だ。
 室内にいるのは、二人。
 一人は小柄な少女……この森の中で一人住むと名乗る少女。
 もう一人は、まるで軍人の様な男性。青年と言うべき姿であるが鱗の肌と頭上に存在を主張する角が、外見は人とは異なる存在である事を指している。
 薄暗い部屋だ、外は明るい日差しが出ているだろうと思われるけれど深い森の中にあって。更に窓一つない小屋の中にまで届く光は僅かだ。さりとて、人工的な光は室内にない。
 まるで、小屋の持ち主そのものの様な。
「うわ、びっくりした!」
「ふふ……驚かしてしまったかしら?」
 普通の環境で普通に聞いたならば、少女の言葉がどこか棒読みか台詞を辿っているだけの様に思えただろうが、この場は普通でないし普通の存在もいなかったので誰も何も言わない。
「いらっしゃい、悟空」
 扉がたたかれる前に開かれた扉の向こう、小屋よりは明るい森の中できらめきを伴って現れた少年が居た。
「客? 邪魔だった?」
「確かにお客様ではあるけれど……邪魔などでは……。
 彼は西海竜王敖潤殿、貴族だとでも思えば良いわ。敖潤殿、彼は大切な方、孫悟空とおっしゃるの」
 普通ならば、明るい所から暗い所を見ればよく見えないだろう。ただ、悟空の視力は普通とは言い難いので限らない。とは言うものの、紹介された言葉に関しては記憶に合致する単語がなかったのか気にするところがなかったので「とりあえずえらいんだろうなあ」程度の認識しかなかったのは明らかだった。
「顔色悪いけど、どっか悪いの?」
「……敖潤殿は長旅で寄って頂いたの。少しお疲れだとおっしゃるから休んで頂く所なの」
「そっかあ……じゃあ、タイミング悪かったかな……」
「いいえ。せっかくいらしていただいて申し訳ないのだけれど一緒に森へ出てもらっても良いかしら?」
 敖潤と呼ばれた男性は口を利かなかった事と、顔色の悪さから不調と言うのをあっさり信じたのだろう。
「敖潤殿、一人にするのは申し訳ありませんが少しお休み下さい。
 悟空、時期ものの野草と木の実を探すのを手伝って貰っても良いかしら?」
「いいよ……ええと、おっさん。ちょっと行って来るから、調子悪いならちゃんと休んで元気になれよ!」
 薄暗い空間の中、ほとんど言葉を交わさなかった事も不調であると言う触れ込みもあったせいか。悟空の中ですっかり「おっさん」扱いをされいていた敖潤は、地味に精神的ダメージを追っていた。

、人って覚えてても覚えてなくても悩む事ってあんまり変わらないのかな?」
「……いきなり、どうしたのかしら?」
 森の中には、命がある。そう感じる。
 木々に、その影に、空気の中に。
 は悟空が居なくても求める素材を集める事は事欠かなかっただろうが、それでも悟空はの気がつかない草木を探し当てるのは上手で褒められるのは悪い気はしないようだ。
「ほら、俺って昔の事知らないだろ? でも、三蔵や八戒や悟浄がどっかおかしい時って。もしかして、俺もそんな顔してるんじゃないかなって気がするんだ……どう言う事かって言われると困るけど」
 持っている籠の中には豊富なきのこや山菜が豊富にあり、その一籠を町に行って売れば少なくとも一財産くらいにはなりそうだ。多少は彩り豊かな所が気にならないと言えば嘘になるけれど。
「三蔵の機嫌が悪くて……いや、三蔵の機嫌が悪くなることなんてしょっちゅうなんだけどさ。でも、時々ちょっと違うなって時があって、そう言う時ってもしかして三蔵の昔の事が絡んでるんじゃないかなって気がする。
 けど、もしかしたら自分の顔が見えないとか覚えてないだけで、俺なんかもそういう顔をしてる時があるんじゃないかなって気がするんだ。気がつかないだけで昔の事を覚えてるのかなって」
 うまく言えないと語る悟空の言葉に、どこか作り物めいた表情をするのが常のが掛け値なし心からの表情を浮かべていた事を知るのは。

「そうですか……かの大聖が、斉天大聖がその様な事を……」
 小屋に戻ったのは一人で、その事実に残された青年はほっとしていた。
 今の姿は常とは違うし、さりとて今の悟空はかつての青年の姿を覚えていない事は判っている。
 けれど、些細なきっかけで記憶と知識が合致する事があったら……封印が、そう簡単に解かれる事などあるわけがないとは知っているけれど。かといって、今まで一度も封印が外れた事がないわけでもないのだ。
「最後に、彼の方はこうもおっしゃられておいででした。
 『のうちに居たにーちゃんを見てたら、そんな気がしたんだ。なんでか判らないけど』と。
 いずれ……遥かな時の先に、彼の方は全てを得る事になるかも知れません。
 何と素晴らしい事でしょうか、惜しむらくはお側で拝見する事はあたわずと言う所でしょうか」
「恐ろしい事を……観世音菩薩様の封印のお陰で斉天大聖の脅威から守られていると言うのに……これは?」
「貴方へ。彼の方は、わたくしに授けて下さいましたが……どうやら今、必要なのは貴方の方でありましょう。
 変わらぬモノが、この世にいかほどあるでしょう? わたくしとて、この場に現れる前と今とでは異なる存在と言うほどのものでしょう。斉天大聖と呼ばれたあの頃と、今の彼の方は同じであり異なる……人であろうと神仏であろうと変わるもの、ましては環境によって変わる事もある。
 今の貴方が常の二姿を捨て、かつての姿にて表れるはこの場の力故。神々の憩いの場とも呼ばれし空間が、貴方に前世の、彼の方々に西海竜王敖潤としての姿をジープとしての記憶を持ったままある事が出来る。それは、この場より離れた瞬間には失われてしまう現象であるでしょうが……」
 運がよければ夢だったと思うこともあるかも知れないが、通常は白い竜か自動四輪ジープとしての姿だけで言葉はおろか文字も交わす事が出来ない身の上では覚えていたとしても誰かに伝えることは出来ないだろうが。


終わり









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Photo by N.Hiiragi, Arranged by K.Fujimura