貴方と私とここで


― 前編 ―



 天界軍を束ねる権力者でありながら、無類の生活力皆無能力者であり人当たりの良さだけで世の中を乗り切っていると言っても過言ではない本の虫、こと天蓮元帥…通称天ちゃんは大変珍しいモノを見ていた。
「何をしてるんですか?」
 日頃、天蓬元帥は滅多に部屋から出る事はない。
 無類の生活能力皆無者は、これでも自覚の一つくらいはあるのだ。まあ、自覚はあっても反省はしないと言う素晴らしい方針だったりするのだが。
「天ちゃん…俺、俺…」
「泣いているじゃあないですか…どうしたんですか? 金蝉がごはんくれなかったり遊んでくれないんですか?」
 彼と言う存在は、この世界では希有なる存在だ。
 黄金の瞳。
 姿は幼い少年のそれでありながら、その両手足と首にはめられた特殊な金属輪は一つ取ってみても並の存在なら重量で押しつぶされてしまう事だろう。
 人ではない、と言う観点から見れば天蓬も金蝉と言う人物も同じだ。
 そもそも、この「世界」に人は存在しない。
 なぜならば、この「世界は」は神々の住まう「天界」に他ならないのだから。
「貴様……何を寝ぼけた事を抜かしてやがる……」
「あれえ、そこにいたんですか? 金蝉」
 人が悪いなあ、そんなところに居て黙ってみてるなんて。
「判ってるくせに馬鹿な事を抜かすな……コイツはずっとそんな感じだ」
 あきれたように言うのは、この部屋の主だ。
 元々、天蓬元帥は金蝉童子に用件があって来たのであって。わざわざ、部屋の片隅できのこよろしくじめじめと泣きべそをかいている子供を捜しに来たと言うわけではない。
「ずっと?」
 じくじくと泣いているものだから勘違いしそうになるが……時折、鼻をすする音だけは別として。常に比べればものすごく静かでおとなしいのだから、天蓬元帥でなくとも何かあったと言うのは一目で判るだろう。
 ただ、少年は異常なほどに常に前向きで無邪気で明るかったから。
「保父さん、いじめっ子ですか?」
 駄目ですよお、あんまり子供が可愛いからって苛めたら人格形成に支障が来て将来困ることになるのは自分なんですからあ。何でしたら、良い子育て本貸しますけど?
「寝言は寝て言え!」
 今にも御璽が飛んで着そうなぴりぴりとした空気を感じて、天蓬元帥は少々苛めすぎたことを自覚した。
「どうしたんですか、そんな顔をして……まあ、保父さんがいじめっ子なのはいつもの事として……」
「天蓬!」
 あくまでもマイペースを崩さない態度に、流石に金蝉童子の短い堪忍袋の尾は早々にぶちきれ寸前と言う感じだ。元々、そんなに気の長い人種ではない事に加えて今日はずっと押し付けられた養い子がこんな調子で、最初こそ「静かでちょうど良い」とか言っていたのが段々とうっとうしさを増してきたと言うのが正しい見解だろうと、間違いなく天界髄一の生活能力皆無者であり天界髄一の策士は理解していた。
 欠点らしい欠点と言えば、天蓬にとって誰かを陥れる事よりも読書への愛情の方がよほど高いと言う事だろうか……それはそれで多くの人にとっての不幸を回避すると言う役には立っているけれど。
「俺、捲兄に殺されちゃうかも知れない……」
「………………は?」
 天界髄一の策士、天蓬元帥は目を丸くした。
 小さな少年からつむがれる言葉は、彼の数多い予測言語の中から飛びぬけて……はずれまくっていたからだ。
「あの……それって、どう言う事なんですか?」
 流石に冷や汗を禁じえないのは、知っているからだ。
 そもそも、捲簾大将と言えば天蓬にとってはとてもなじみのある人物だ。
 少々組織の中で組み込まれる人物としては扱いづらい気質ではあるが、その性格はとても部下に慕われている。まあ、形や方法はどうあれ慕われている事に違いはなく、男気のある彼は金蝉の所に預けられた子供をえらく気に入っている。
 まあ、それ以前の問題として実力的に捲簾大将の実力で本当にこの子供を殺す事が出きるのか。そもそも、天界人のくせに武将とは言え簡単に生殺を行えるかと言う観点からも問題は山積みだ。
「俺が知るか」
 金蝉―保父さん―童子は、さくっと切り捨ててくれた。
 どうやら、養い子の相手をしてくれる天蓬元帥にこの場を任せるつもりなのだろう……保父さんとしても養い親としても駄目駄目街道まっしぐらである。
「捲兄に、ちょっと前に『女を泣かす様な奴にはなるな、啼かすなら良い男だけど』って言われたことがあって」
「捲簾ってば……」
 何を幼い子供に教えてるんだか、と思ったのは天蓬元帥だけではなかったらしく、視界の向こう側で金蝉童子が御璽を押すのをミスった僅かな舌打ちが聞こえて溜飲が下がった。
 面白いことは確かだが、このわけの判らない状態に一人で放置されるのは面白くない。
 そもそも、天蓬にはこの事態を解決しなければならない義務はないのだ。
「意味はよくわからなかったけど、けど……」
 意味がわからなくて、本当によかったと思ったのが天蓬元帥だけだったのかどうか。
 それは、別問題という事にしておこう。
「誰か、女性を泣かせてしまったんですか?」
 それは意外な事だと言うのが天蓬元帥の見解で、それは子供の出自による事で天界で彼をさげすむ目で見る事はあっても。後見に金蝉童子がついている事や、子供の性格からして嫌われるならともかく泣かれる事はないだろうと言う風に思っていたからだ。
「……うん」
 心の底から意外だと言う気持ちと面白そうだと思ってしまったのは、汚い大人としては当然かもしれない。少なくとも、子供にはそんな事を考えている事などかけらも想像させない表情をする程度には天蓬元帥は汚い大人だと言う自覚があった。
「捲簾が、怒っているんですか?」
 ぷるぷると子供は首を横に振りつつ、答える。
「捲兄、天ちゃんの部屋の掃除してくるって一昨日から見てない」
「……あ、そう言えば」
 自他共に認めるだけあって、天蓬の生活能力の無能っぷりは心あたりがあるというより、ありすぎてあてはまる項目に微妙に検索への時間がかかってしまったのは言わなければ判らない事だ。
「大方、そこの生活無能力者が読んだ本を散らかしたままで放置した事で。捲簾が切れて大掃除に取り掛かってると言う所だろう」
 どんぴしゃです。
 そう言いそうになったのを、天蓬は笑顔でこらえてみた。
 幾ら天蓬が自他共に認めていても、こんな子供にまで無意味に生活力無能者の烙印を押されるのは嬉しくない……特に、恐らくは「天界軍の偉い人」と言うより「生活力皆無」と言った方が記憶に残りやすいだろう。
「いやですねえ、いったい何のことやら……」
「いつもの事だろうが」
 それに、この場にはそう言う事で野次をはやし立てそうな金蝉が居る。
 野次を果たしたてると言う言い方ではないだけで、幾ら本人が「誰がそんな事をする」と言っても、実際には言われたほうには大して差がないわけで。
「金蝉、余計な事はともかくとして……。
 一体何があったのか、話してもらえませんか?」
「う……天ちゃん……」
 ぐずぐずと泣いている姿は、本当に珍しい。
 もしかしたら、と天蓬は思い当たる。
 金蝉は、泣きじゃくっている子供を相手に戸惑っているのかも知れない。





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「見てみないと、何ともなあ……」
 事の次第を聞かされた捲簾大将の顔は、笑う、怒る、叱るのどれでもなく。逆に面々を拍子抜けさせるのに十分なことだと言えた。
 捲簾大将は天界でも一番の色々な意味で暴れん坊なのは確かだが……これでも一本筋の通った人物だと言う現れであるとも言えた。
「信じるんですか?」
「お前は信じてないのか?」
「どうにも胡散臭い話なのは確かだな……」
 子供の話は、正確には三種三様の反応を示した。
 天蓬元帥は明らかに信じきっていない様子だし、金蝉童子も同様と言えば同様だ。
 ただし、捲簾大将だけは言葉だけでは何とも言えないと言う様子だった。
「なんだよ、皆して信じてないわけっ?」
 信じていないと言えば信じていないが、信じているとも言えなくもないと言うべきだろうか?
 肝心の当事者と言えば、一番の懸念である捲簾大将が即座に殴りかかる等が無かった事でほっとしたのか、いつもの調子を取り戻してしまって早々に金蝉童子はいつもの表情―――彼は彼なりに「うるせぇっ!」と言う怒鳴りつける事を我慢する事を若干我慢する様になってきたのだが、実際に上手く行っているかどうかは別問題である。
「信じてないというわけではありませんが……」
「この天界に、幽霊など出るか。人間界じゃあるまいし」
 天界に住む天上人は、基本的に死なない。ただし、某かの罰を受けた者が人間界に落とされて命の限りある人種として生きる場合はある。
 死と言うものが基本的に存在しない世界な為に、天界人にとって死と言うものはとても希薄だ。
 そして、死がないと言われている以上は幽霊と言う概念も存在しないのである。
 と言うわけで、この三人の反応のうち無駄知識人の天蓬と世間は知らないが限られた常識人である金蝉の反応は思い切り普通と言えた。逆を言えば、捲簾の態度の方が天上界では異質と言えるだろう。
「けど、嘘とも言い切れないんじゃないか? コイツがこんだけ言ってるって事は、勘違いであるにせよ違うにせよ、何かが起きているのは確かだろう?」
「捲兄っ!」
 頭をかいぐりとなでてくる大きな手と、その言葉に子供は喜びを隠そうとはしなかった。
 ただ、それでも捲簾大将は決して「信じた」といっているわけではなかったのだが……他の二人が信じていない以上。捲簾大将の言葉は一筋の光明にも似た、そんな力を伴っているのだろう。
「捲簾……もしかして、あなた楽しんでませんか?」
「お前、これであいつのボケとかだったら責任とって子守するんだな」
「あらら〜? 保父さんとお父さんが二人して人に責任を擦り付けるのはよくないねえ」
 喜んでいる子供は、大人達の会話に気がつかない。
 もしも気がついたとすれば、恐らく世の子供達の共通見解が聞けることだろう。

 大人って、汚い……





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 幽霊の話が出たのは、金蝉童子の屋敷から少し離れた所。
 天界は一部を除けば無駄に自然に恵まれている、林や小川、花畑などそこいら中に幾らでもあるからピクニックをするには事欠かない。
「猿……テメェ、こんなところまで出かけてたのか?」
 ただ、それはあくまでも天界の一部に限られるのだ。
「金蝉ってば体力なさすぎー」
「はは……僕も結構、体力には割りと自信があるつもりなんですけどねえ」
「天ちゃんは運動不足じゃないの?」
「結構辛辣ですねえ……」
 あとは、覆い茂る森に囲まれ遥かな地平を望む事は出来ない。
 なので天界人の中にも、天界の全てを知ることはなく。ましてや、天界の「外」である「地上」になど興味を持たない者がほとんどだ。
「捲兄は……割と元気?」
 争いを求めず、戦いより遠く、そうしてただ生きる者達……それを「幸い」と呼ぶか「不幸」と呼ぶかは、その立場にある者にしか判らないだろう。
「ったりめぇだろうが、この程度じゃあ運動にもならねえな」
「けっ、頭の中まで筋肉野郎か……」
「んだと、てめぇっ! 世間知らずの体力不足のおぼっちゃまが、何をナマイキな台詞はいてくれてますかねえっ!」
 多くの視線にさらされ、けれど決して近づくことなく。哀れみにも似たさげすみの中で、名もなき小さな子供が大人たちの思いもよらぬ所へ出入りするのはよくある事……そう、子供には名前がなかった。
「まあまあ……どっちにしても、彼には体力的に誰も勝てないって事なのは確かですよ」
「そりゃあ……あんなの着けて飛び跳ねてるだけで十分普通じゃねえけどな……」
 地上から無理に連れて来られ、そして自由と尊厳を剥奪され、存在する事だけを強制させられ、滅することも叶わぬが故に生かされる事を。その名を知らず、けれど届かぬはずもなく、意味を知ることもなく、その時が来るまで緩やかな時を過ごしている、そんな子供が何も気がつかぬ筈もなく、無意識に己の居場所めいたものを捜し求めたとしても不思議ではない。
「なんか貴様に『普通』とか言われると妙にむかつくのは気のせいか……?」
「喧嘩売ってるなら買うぞ、金蝉……!」
「まあまあ、二人とも。子供が見てるんですから……」
 半ばぜいぜい言っている状態の二人と、割と元気ではあるが。かと言って無駄に元気というわけでもない一人とが相手では、ぴょこぴょこ飛び跳ねて「こっちこっちー!」と笑顔で手を振っている子供を前にすると一気に老けた気がするのだから不思議でならない。
 恐ろしい事に、これが「気のせい」と一言で切り捨てられない状態だと言うのが更に困る。
「そもそも……幽霊なんてものがいるわけないだろうがっ!」
 すでに体力が尽きてしまったのか、それとももともと無かったからなのか、金蝉の機嫌は直滑降でまっさかさま状態だ。
 元々、天界の都市部にある宮殿で日がな一日書類に御璽を押す程度しか仕事らしい仕事をしていないと言うのに。こんないきなり遠征よろしく、ハードピクニックに準備運動も前置きもなしで駆り立てられれば不機嫌にもなろうと言うもの。
「へえ……じゃあ、アレはなんなんだ?」
 汗だくと言うよりは、疲れ切った顔を上げた金蝉は見た。
「……なんだ、アレは?」
「さあ、なんなんでしょう?」
 捲簾大将が金蝉童子と天蓬元帥を見た時、少しだけ不思議な感じがした。
「何といってもなあ……まあ、傍目に見たら可愛らしい子供二人のカップル?」
 が、その瞬間には何が不思議なのかよく判らなかった。
 ただ……最初から理由は判らない。
 名前もない子供が、一体何を言おうと天界では何の意味も持たない。
 特に、成り立ちからして自分達と異なり理解など出きる筈もない存在ともなれば。
 さげすむ以外に恐怖に飲み込まれずに済む方法が見つからないのだろう、それは……。
 神の名を座す者としては、あまりにも。
「……捲簾?」
「んあ?」
 捲簾大将には、声をかけられた意味がわからなかった。
「何を言っている、貴様……カップルの意味もわからんのか、この色ボケ大将」
「お、いいねえそのネーミング……って……どう言う意味だ?」
「捲簾、貴方掃除のし過ぎで頭のねじ緩んで三つ四つばかり外れてませんか?」
「と言うより、すでに頭の半分以上は色ボケで溶け切ってるが正しいだろう」
「……なんなんだよ二人して! 人の事を色ボケ色ボケって本当のことばかり言って!」
 色ボケは否定しないんだ。
 とか、天蓬元帥は心の中で思った。
 当然、表情には固定された笑顔を張り付けまくりである。
「認めるのか」
 言わないのが天蓬元帥であるなら、言ってしまうのが金蝉童子である。
 この差は、実は非常に大きい。
「言うわ!
 第一なあ、金蝉。お前のところの子供がしてることなんだから保護者が責任を持て、責任を!
 ついでに天蓬! お前、人が散々言ってるのに全然部屋の片付けとかしないからこんな面倒くせえ話になってるって自覚を持て、自覚を!」
「俺は保護者じゃなくて飼い主だ」
 何やら、褒められない台詞を淡々と吐いてみる。
 どうやら、このハードピクニックで減った体力は捲簾大将いじめですっかり回復してしまった様である。
 先ほどまでの苛立ち100%もそれはそれで扱いづらいが、せっかくのへこませる機会なのでもう少しばかり堪能したかったと言うのは誰も口にしなければ誰の台詞でもないと言う事になる。
「別に、僕だって捲簾に部屋の掃除をして欲しいなんて頼んでないですよ?」
「見てる方がたまんねえんだよ! 危険だし! 大体、お前それで三日くらい出て来れなくなっただろう、本の雪崩れで!」
「確かに、あれは死ぬかと思いましたね」
 神様だから死にませんけど、などとは言わなかった。
「と言うより……アレはなんだ?」
「だからあ……!」
「ですよね、独り言なんて傍目から見ていたら怖くてたまりませんよ」
「あ? 独り言……?」
 場所は森の中で、その僅かに開けた空間で、そこに少し見目の変わった少年と少し変わった服装の少女がいる……少女は、泣きじゃくっている。
 声は、距離があるのか聞こえないけれど。
「まあ、何かしゃべってる声はかすかに聞こえますけど……声色かえるとか出来ましたっけ?」
「俺が知るか!」
 話を整理してみると、どうやら金蝉童子は全く姿も声も感知できないらしく。
 声を聞くことが出来るのは天蓬元帥で……天蓬元帥が捲簾大将より耳が良いと言う話は確かめた事がないと言うのもあるが、それを認めるのが何となくしゃくだと言うのもある。地獄耳を除けば、だが。
 姿が見えるが声が聞こえないのは捲簾大将で、そのどちらも感知できるのが名も無き子供だという事なのだろう。
「……なんだ、アレ?」
「だから、何の話をしてる」
 捲簾大将がじっと見ていたら、時折だが……横線が入っているのが見えた。
「あれ?」
 僅かに、天蓬元帥が顔をしかめた。
 万年笑顔貼り付け仮面を常備している彼にしては珍しい事だが、角度的にどんな顔をしていたのか金蝉童子には判らなかった様だ。
「なんなんでしょうね、確かに……変ですよ、あれは」
 どれだけ近づいても、金蝉童子には姿も声も届かなかったらしい。
 ただ、何かの気配らしいものは感じるらしくて神経に突き刺さる様な微弱制をもって感じるのがイライラを再び呼び起こす原因の様だ。
「ノイズ……ではないかと思うんですが、捲簾は何か感じますか?」
「ノイズか……確かに、そんな感じだな」
「おい」
 いい加減に良い切れ具合になってきた金蝉を無視すると言うのも、新たな世界が開けそうで面白そうだとは思ったのだが……このままにすると、何やら後々で面倒になりそうだと思ったのかどうかは判らない。
「僕から見たら、声が途切れる事があるんですよ。常にと言うわけではないみたいですが」
「姿も、なんだか横線が入るときがある気がするんだよな……つまり、なんなんだ?」
「それがノイズか?」
「どうやら……『ここに居て、ここに居ない』と言う事ではないかと」
 姿が見える者もあれば、声が聞こえる者もある。
 けれど、実際にあの少女はこの場にいるわけではない……何故なら、金蝉童子の様に見ることも聞く事も出来ない存在があるのだから。否、それこそほとんどが金蝉童子の様に見る事も出来ない人達がほとんどだろうと言うのが言わずともわかった。
 そして、涙を流しているとされる少女が居るらしい側で、どうしたら泣いていると目される少女の存在をはっきりと見る事も聞く事も出来る存在と言えば……恐らく、天界の全てを探しても少年一人だけなのだ。
「天ちゃん、捲兄ぃ……」
 ギブアップのサインを投げているのはわかるのだが、そのサインをどう受け取れば良いのか大人二人は悩んでしまうのはいたし方が無かった。
 ちなみに、金蝉童子に声をかけなかったのははなっから期待していなかったからと言うのもあるかも知れないが、金蝉童子の表情が極限状態に近いところまで不機嫌をあらわしているからなのかも知れない……。
「ええと……こちらのお嬢さん、ですか?
 紹介して、もらえませんか?」
 僅かに聞こえてくる音の調子と、子供の言う事を信用するとすれば。
 子供が居ると主張する場所には、捲簾大将の視線の位置からも考慮して大きさは子供と言うには僅かに大きく、大人というには遥かに小さなところに存在している事になる。
「おい、天蓬……」
「そこに、何があるって言うんだ?」
 金蝉童子と言う人物は……どちらかと言えば現実を受け入れやすい存在だ。
 そして、逆に言えば非現実的なものを受け入れることは少ない。
 普通だと言えば普通な人種だが、当たり障りがないと言えば当たり障りがない、良いとも言い切れないが悪いとも言い切れない、よくも悪くも「無難」と分類される。
「なんだよ、金蝉! そんな怖い顔したら彼女が怖がるだろう!」
「彼女……?」
 ここで目を細め様が、怒りのオーラを放っていようが、見える人は見えるし見えない人は見えない。
「どこに居る?」
「いるじゃん、ここに!」
 びしっと子供が手を差し伸べてみるが、どれだけ努力したところで見えない金蝉にはイライラゲージがヒートアップするだけで理解など出来ない。
 決して、見えないものや聞こえないものを否定する気はないのだが。かと言って信じろといわれて「はい、そうですか」と言って納得出来るわけではないのだ。
「どこにだ?」
「だから、ここに!」
 放っておいたら延々と繰り返されると、早々と理解したのだろう。
 こちらにじっと視線を向けられて、大人二人は即座に理解した。








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Material from "ぐらん・ふくや・かふぇ"