― V. 光の帝国 ―







昼と夜のこの共存が、わたしたちを驚かせ魅惑する力を持つのだと思われる。この力を、わたしは詩情と呼ぶのだ。

〜 Magritte








ランプの傘を上げて、そっとガラスの風防を取り外した。
マッチをしばらく探したのだがどうにも見つけることが出来なかったので、天蓬の傍らにあったライターを黙って拝借した。彼は本に夢中で何も言わない。咥えている煙草の火も、既に消えていると言うのに。
ライターなど扱った事がなかったので、見よう見まねで点けようとしてみたが、中々うまくいかない。結局、石をはじく音に気がついた天蓬が、慣れた手つきで火を灯してくれた。
風防を戻し、傘をかぶせて火を調節する。乱雑な部屋の中には様々な灯影が落ちて、ゆらゆらとゆらめいた。

「もう、日暮れですか?」

まだ、読書の余韻に浸っているようだ。ぼんやりした目をこすりながら、天蓬は聞く。

「いいえ、まだ夕方とも言えないけど。ちょっと、これに灯を入れてみたかったの」

手元にあるシンプルなデザインのランプをは示した。天宮では普段から随所に、豪華な行燈が使われていて、こういう物を持っている天界人は、やはり滅多に居ない。
彼女の好みも、天界では変わっているが、どちらかというと天蓬より、実用性に富む機能美を好む。それをよく知っていて、天蓬がに、下界から持ち帰ってきてくれたのだ。

普段は柔らかな暖色系の光で照らされる室内に、コントラストの強い光源が、くっきりと影を作る。室内のそこここに、夜が、降りて来たかのように。
窓の外は、未だうららかな天界の午後の空。この平和な世界が永遠の物のように思えるような。

天蓬は、黙って、開け放してあった窓を、ぱたんと閉じた。
ガラス越しに、外の『昼』が、遠ざかる。

「ランプ、気に入っていただけました?」
「ええ、とても」

2人は顔を見合わせると、ひっそりと微笑んだ。
が、まるで薄い花弁に触れるような手つきで、明々と燃える炎に手を翳す。
眼前の光はまばゆいほどに反射するけれど、背後には更に広く濃い闇が広がる。
そして、ランプを置いたテーブルには、軍の機密書類が無造作に置かれている。
現行の組織に関するものではない。どちらかというと、過去の軍運営に関わるもの。
下界への干渉の歴史。
――――闘神に関する資料。

「金蝉様?」
「ええ。貴女が来る前に、また、根掘り葉掘り聞いていきましたよ」

無愛想で、何事にも無関心だった天蓬の友人の顔を、は思い出した。
喜ばしいのか、痛ましいのか、自分でもよく判らない感情が湧き上がってきて、彼女は小さくつぶやいた。

「お変わりになったわ。あの方」

天蓬は、何も言わず、ランプの火を見つめたまま、静かに肯いた。






窓外の桜は咲き続ける。全てを、見下ろしながら。

出会うはずの無かったものたちは出会い、変わるはずの無かったものは変わり始める。






平和は、未だ白い雲とともに、見上げる空に満ち満ちているけれど、彼らの立つ場所は、既に、夜の帳に包まれている。








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