― VI. 恋人たち ―




……不思議な夢を見ていた気がする。

明け方、目が覚めた天蓬は、ぼんやりと考えた。
頭を振って眠気を追い出すと、彼は、それまでの状況をやっと思い出した。

昨夜はが来ていて、深夜まで、互いに殆ど物も言わずに本を読んでいたのだった。
いつもはそのまま朝を迎えることも少なくは無いのだが、遠征帰還直後で疲れが溜まっていたのだろう。そのまま眠ってしまったようだ。兎にも角にもベッドまで行き着いたことは、彼にしては上出来だといえる。毛布を掛けてくれたのは、彼女なのだろうか。

そこまで思い至って、よくよく周囲を確認すると、彼のすぐ隣、同じ寝台の上で、が薄布を被って眠っていた。
時々、彼女とこんな風に夜を過ごすようになってだいぶ経つ。だから今更、驚く事なども無いはずだ。なのに、天蓬は、その緩やかな曲線を描く白布に奇妙な違和感を感じていた。

月の光か、曙の光なのか判然としない、薄明るい窓の下。思う様抱きしめた事もある、よく知った異性の身体が、布一枚隔てて視覚から遮られている。
呼吸にあわせて静かに上下するこの布の下に眠っているものは、本当は、何だろう。

周囲を見回すと、見慣れた自分の部屋に、見慣れた自分の所蔵品が置いてあるだけだ。何も変わった事は無い。
強いて言えば、以前、捲簾に「怖い」と言われて仕舞い込まれてしまったコレクションの中から、多少、ソフトな印象の物が、控えめに配してある。きっと、留守中に、が倉庫から救出してくれたのに違いない。

彼女に触れようとして、掛け布の下にある天蓬の右手が、ゆっくりと動く。
意識していた動作の筈なのに、何か別の生き物が動いたようで、彼の目はまたその布面に吸い寄せられる。
陰影を伴って、襞が動く。流れるように、引き攣るように。白一色の凹凸が、その下にあるものを如何様にも連想させる。

下界の仕事で張っていた気持ちが、まだ抜けていないのか、それとも弛緩した反動でこんな事を考えるのか。
緊張感を求めて軍籍に身を置いているのに、何故、こんな場所で、こんなにぴんと張り詰めた空気を感じるのだろう。

天蓬はもう一度頭を振って、何かを振り切るように、傍らの煙草に手を伸ばした。
薄暗い部屋に、一瞬、ほのかな明りが灯る。溜め息とともに、ゆっくりと紫煙が流れていく。
ベッドの中で煙草を吸ったりしたら、嫌がるでしょうねぇ……等と、また、ぼんやり考える。
誰が?。誰がそれを嫌がっていたのでしたっけ。
見かけによらず家庭的な男気溢れる同僚だったか、別段何があっても常時不機嫌な友人だったか、自分と同じく書物に埋もれて暮らしている奇特な女性だったか……。

は、まだ眠っている。
睫毛の影が頬に落ちて、見知った顔が、白い美しい人形のように見える。

一服してやっと落ち着いた気がして、天蓬は、そっと彼女の体を包む薄布に手を触れる。
布越しに、丸みを帯びた肩に手を置いても、は身じろぎもせずに、眠り続ける。
彼は逡巡する。
少しでも反応してくれれば、迷うことなく、直接抱きしめられるのに。

息すらも幽く、白布を纏って、彼女は眠っている。
肩に置かれた手は、結局何も出来ずに収められ、彼は、また、次の煙草に火を点ける。

時が止まったかのような薄明が、紫煙とともに流れていく。

助け出されたオブジェ達が、息をひそめて、それを見守っている。


そして、白い布は取り去られる事無く、彼らを、隔てる――――









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