〜 冬 〜





 冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、……








その、無音の音は、明け方まで降り続き、日の昇る頃、止んだ。






…」
「んん…………」
寝具の上に散る黒髪。普段からは想像も出来ない程の、甘えた声。彼女が、意外に朝に弱いことを知る者は、1人を除いて天界には存在すまい。
「起きてください、。今朝は雪が積もっている」
天蓬は、寝台の上で半身だけ起こして、枕元の窓から外を確認している。
「…………嘘でしょ?」
「本当ですよ」
雪など降らぬはずの天界の空を、冴え冴えとした空気が覆っている。
飛び起きたは、窓を開けると子供のように歓声を上げた。
「わぁ…………きれい……」
天界には有り得ない、一面の銀世界。押し寄せてくる冷気も気にならぬほど景色に見とれているの、その肩に薄物をかけ、自分も上着を羽織ってから天蓬も窓辺に顔を寄せた。
「天界にこんな異変が起きるなんて、何かの前兆でないと良いのですけどねぇ」
「良いじゃない、こんなに奇麗なんだから」
「そーも言ってられませんよ、異常気象も天意の1つなんですから。今ごろ宮殿は大騒ぎですよ」
心配げな天蓬の声に、は、真っ白な雪原を見ながら、ぽつりと言った。
「不変の物が、必ずしも良いものとは限らないわ」
「……そうかもしれませんね」
軍の重鎮と、王宮の要職。“天界の本当の姿”に、2人が既に気付かぬはずはない。



押し黙ってしまったに言葉をかけあぐね、煙草を取ろうとした天蓬の腕が、山積みの本に当たった。
ぱさりと、紙の音を立ててシーツの上に落ちたのは、また悟空に貸そうと思ってが 持ってきた絵本。茶色い大きなトラ猫の表紙を暫く眺めて、改めて天蓬は微笑んだ。
「ああ……それに、僕達も、もう、不変ではいられないですしねぇ」
不思議そうに振り返ったも、絵本を見ると小さく笑った。
「……貴方もそう思う?」
天蓬は、肯く代わりに、彼女の顎に手をかけて上向かせた。

「僕達は、百万回生きてきましたが……」

も、目を閉じて唇を寄せた。

「もう、けっして、生き返らないのね……」

口付ける2人の影が、長く、床に伸びていた。







花の如月は、もう、すぐそこまで来ていた。














ねこは もう、 けっして 生きかえりませんでした。


〜 「百万回生きた猫」 佐野洋子











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