〜 秋 〜





 秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、からすの寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。…………









「ここの持ち主のオタク野郎はどうした?」
所用で天蓬の部屋を訪れた金蝉は、眉間の皺をいよいよ深く刻んだ。
部屋の中では、いつもの「机の脇」にに天蓬が座り込んで本に没頭している。金蝉の位置からは、その後頭部しか見えない。そして……
「これは金蝉童子様。ごきげんよう」
……ちゃっかり自分の周辺だけ場所を確保したが、満ち足りた顔で茶を飲んでいた。



「だいたい、何でお前がこんな所に居るんだ?」
「私は、読んでいた本が、先刻一段落つきましたので、一休みして茶など喫しております♪」
答えになってねぇ……と、金蝉は更に深くなった眉間の皺を抑え、はこの部屋の主もかくやという微笑でにっこり笑った。
天蓬、捲簾、悟空とは打ち解けた会話を交わすようになったが、は、未だに金蝉に対しては、言葉の上での臣下の礼を崩さない。彼がそういったことを好まず、また、この無愛想な物言いこそが彼の常態であるということが分かって以来、彼女は、無理に金蝉に馴れ馴れしい口をきこうとは思わなかった。
「どうぞ、お座りください。天蓬元帥の今お読みの本なら、もうすぐ終わりますから。ここでお待ちになってはいかがですか?」
対の茶器を勧めながら、は金蝉に言った。
「ここから見える夕空は、また格別でございますから……」
促されて、金蝉は窓の外に目をやった。燃えるように鮮やかな、茜雲が流れていく。
「ふん。空なんて赤かろうが青かろうが大した違いはねぇな」
「いけませんね。もっといろいろなものを楽しんで、この生を過ごさなくては」
「…………下らん」
金蝉は出された茶をぐいと飲み干した。は、自らも、茶器に口をつけてから、静かに語った。
「下界の遠国の物書きが、こう申しておりました」
「………」
「『我々は皆、終わりのない物語の一部である』、と。」



窓外は目を射るような橙色の空。それを横切って、鳥が巣へ、還るべき場所へ渡っていく。
金蝉は黙ってを見据え、表情を変えずにつぶやいた。
「………………託宣のつもりか?」
「……確かに、私自身の言葉ではございませんわね」
「所詮、つまらん絵空事の話だろう……」
は、顔を上げて再び微笑んだ。

「色即是空、空即是色、とも申しましょう?」

金蝉は何も言わず、茶器を弄んでいる。



急速に夕闇が迫りだした窓を横切って、未だ物言わぬ、部屋の主の吐く紫煙が、ゆっくりと漂っていった。













「月の子、」バスチアンはささやいた。「これで終わりなんですか?」
「いいえ、」月の子は答えた。「これが始まりなのですよ。」

〜 「はてしない物語」  ミヒャエル・エンデ