降 誕牧人ひつじを 守れるその宵 八戒が、彼女を見つけたのは、もう薄暗くなり始めた時刻だった。 雑踏の隅、愛車の傍らで手袋をつけている肩を、紙袋を持っていないほうの手で、ぽんと叩く。 「こんな夕刻に町を発つんですか?」 「……ええ。今夜は特別だからね」 振り向いたは、口元まできっちりと巻いていたスカーフを下ろして、にっこりと笑った。 「特別だからこそ、今夜あたりまた、押しかけていらっしゃるんじゃないかと思ってたんですけどね。ねぇ、 悟空」 八戒の後ろには、紙箱を抱えた悟空が居た。その表情だけで、箱の中身は容易に想像がつく。 「すっげえんだぜ〜。普通のまるいケーキじゃなくて、丸太の形したでっかい奴なんだ。、食べに来ないの?」 「君のご招待は、物凄ーーーく嬉しいんだけどねぇ、悟空。ブッシュ・ド・ノエルは、明日の朝まで、ちょびっとでいいから残しといて頂戴」 えぇ〜〜?、残しとけるかなぁ……と、マジで考えこむ悟空を後ろに回して、八戒が尋ねる。 「どちらに行かれるんです?」 「ちょっとね。神様を探しに」 は悪戯っぽく、肩をすくめて見せた。 「ミサにでも行かれるんですか?」 「そんなヤワで中途半端なことしないわよ。こーゆー夜こそ、星を見ながら野宿っっ!!」 「………………今更羊飼いのマネしても、天使は歌ってくれないと思いますが?」 「いーのよ。気分よ、気分」 「……」 八戒は苦笑する。全く、相変わらずこの女性(ひと)は、凄いというか、大胆というか、とんでもない所がある。 「そうそう、八戒。こないだの話」 「何です?」 は、八戒の肩に手をかけて、耳元でささやいた。 「私はね、やっぱり今でも、神様を信じていると思うの」 傍目には、睦言を交わしているようにしか見えない。悟空が赤くなって、あわててそっぽを向いた。 「それが、万能の存在なのか、創造主なのかは判らないけど、私たちが考えるような人格すら、あるのか どうかは定かじゃなくて、もしかしたら、たった1つの現象とか、数式でしかないかもしれないけど」 「究極の真理って奴ですか?」 「そう。全てを包括する論理が、もし、存在するとしたら、それが神様なんだわ」 とても、とても楽しそうに語るに、八戒は微笑んだ。 「この世は、単なる偶然の集大成でしかないかもしれませんよ」 「もしかしたら世界のどこかに、唯一無二の真理が転がってるかもしれないわよ。それに、そう考えた方が楽しいじゃない」 は、八戒の顔を覗き込む。黒い瞳が、街の灯を映して輝いている。 「真実は、追い求める事に意義があるのよ」 突然、辺りが明るくなった。辻の真ん中に立てられていたツリーに、灯が点ったのだ。どよめきと共に人々が流れていき、悟空も思わず駆け寄っていく。 周囲のざわめきに負けぬよう、八戒はもう1度、の耳に唇を寄せた。 「で、それを探しに行くと?」 「そう」 「…でもあんまり、救っちゃくれなさそうな神様ですねぇ」 「私は、信じてるけど、縋るつもりはないから♪」 そう言うと、はするりと離れ、バイクの横に戻ると言った。 「だからね、今夜はちょっと思索をしに、荒野まで」 「あんな寒くて暗いところで?」 「いーのよ。イマジネーションには時と場所も必要なのっっ」 「はいはい…………あ、なら、プレゼントですよ、」 八戒は、買い物袋からごそごそと何かを取り出し、にぽんと放った。 片手で受け止めると、小さなブランデーの小瓶。 「夜は冷えますから。……あ、飲んでから運転しちゃ駄目ですよ。ちゃんと酔いを覚ましてからにして下さいね」 「ありがとう!。嬉しいわ」 は、瓶を丁寧にリアバッグに仕舞うと、バイクにまたがり、スターターを思い切り蹴った。 チョークを引いたエンジンの始動音が、まるで、天使の喇叭の様に、高らかに響き渡る。 発進したバイクが、八戒の前で奇麗にターンする時、彼女の唇が「それじゃ、また明日!」と言う形に動くのが見え、あっという間に、わずかな残響だけを残して、見えなくなった。 エンジン音に気が付いた悟空が、駆け戻ってくる。 「、もう行っちゃったのか?」 「ええ…………本当は、一緒に飲みたかったですねぇ。ちょっとだけ」 八戒は、もう1度苦笑する。 明日の朝は、彼女のために温かい朝食と昼寝の寝床を用意してあげよう……と、夕食のメニューに修正を加えつつ、彼も雑踏の中を歩き出した。 その星しるべに みたりの博士ら |