待 降





久しく待ちにし  主よ、とく来たりて
み民のなわ目を  解き放ちたまえ
主よ、主よ、み民を 救わせたまえや




「94番ですね」
「ええ、よく知ってるわね」
「一応これでも、カソリック系の孤児院に居ましたから」
屈託なく、八戒は笑った。彼にとっては良い思い出ばかりではないであろう事実も、今は、笑顔の後ろだ。
の方こそ、賛美歌なんてどこで歌ってたんです?」
「私は、新教の教会に世話になってたことがあってね。幼少のみぎりには、よく聖歌隊で歌ってたのよ」

窓の外、既に冬の気配の町には、木枯らしが強く吹いている。乾いた落ち葉が、暮れ始めた空に向かって、高く舞い上がっていく。

「今週からなのよね」
「そうそう、待降節の第1主日。4つの蝋燭の1つ目に火をつけるんですよね」
「懐かしいわぁ。で、今日からツリーをたてて、リースを飾って…」
三蔵が聞いていたら、不機嫌三割増しなことは確かだが、今は彼らだけだ。暫し2人とも、今は祈ることもない異国の神の祭りの話題に盛り上がった。







あしたの星なる  主よ、とく来たりて
お暗きこの世に  み光をたまえ
主よ、主よ、み民を 救わせたまえや







「でもねぇ、あの頃、不思議だと思わなかった?」
「何がです?」
「クリスマスの賛美歌、特に待降節に歌うものって、どうしてあんなに悲しげなのばっかりなんだろうって」
「プレゼントを待つ子供にとっちゃ、そうかもしれませんけどねぇ。本来はそういうものでしょう?」
「……そうなのよねぇ」

虐げられていた人々。誕生を待ち望まれるのは、それを救うための救世主。予言違わなければ、ゆくゆくは屠られる、贖罪の白い子羊。

「キリスト教発生時にも、社会は大衆に対して優しくはありませんでしたし、伝播して組織化され、一大宗教になった今でも、世の中の仕組みはそんなに変わっていません。いつの世も、宗教の建前は、『この世界は苦しいものだから、神様にすがりなさい』ですよ」
八戒の宗教論を、は笑って一言に集約する。
「『他力本願』って奴かしら?」
「こんな話題で安易に仏教用語を使うと、三蔵にどつかれるかもしれませんよ」
「きゃああぁぁぁぁ。それは嫌〜〜〜」







ダビデの裔なる  主よ、とく来たりて
平和の花咲く  国をたてたまえ
主よ、主よ、み民を 救わせたまえや







「ほら。『宗教は麻薬だ』って言った、社会学者が居たじゃないですか」
「彼の信望者が作った国は、本来は一切の宗教が禁止だったわね」
「ええ、宗教は民衆を盲目にするだけだと言うのが、彼の主張でしたから」
「何でも見えりゃ良いってもんじゃないでしょ。結局無くなっちゃったじゃない、あの国」
は皮肉に笑った。
「誰もがいつでも、心強くあり続けられるわけじゃないもの。たとえ指導者の嘘だったとしても、死ぬまで騙され続けて居られたとしたら、それはその人に限定すれば"幸福なこと”だわ」
「シビアですねぇ」
「優しいって言って頂戴」

言いつつ、は飲んでいたミルクティーにブランデーを垂らす。
(この時間から?)
(ちょっとくらい良いじゃないの〜。あったまるんだものぉ)
と言う会話を、目線だけで交わしてから、八戒は笑って問うた。

「で、貴女自身は、以前お世話になった神様を、今でも信じてるんですか?」







ちからの君なる  主よ、とく来たりて
輝くみくらに  とわに即きたまえ
主よ、主よ、み民を 救わせたまえや







「………………どうかしら、ね……」
少しだけ、不意をつかれた様な顔をしてから、は更に問い返した。
「貴方こそどうなの?。八戒」
「そうですね。最終的に、神様って居ても居なくても同じじゃないかと思います」
「ふうん」
「だって、何に拠ってだとしても、『救われた』と感じるのは、結局、自分自身の心じゃないですか」
八戒が一瞬、何かを思い出す顔になる。は見逃さない。
「ちょっと、受け売りっぽい匂いがするわねぇ」
「あはは。手厳しいですけど、誤魔化されませんよ。貴女はどうなんですか?。

日は暮れて、晴れ渡った空には冬の星座が輝きだした。
幾年も、キリストを待ち望んだ民が仰いだ星を、窓越しに見上げて、は呟いた。

「そうね、私は………………」






主よ、主よ、み民を 救わせたまえや――――









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