Sythese−ジンテーゼ





そして、その日の深夜。
捲簾は酒を持って桜の木の下を歩いていた。

この庭園を真っ直ぐ突っ切れば、天蓬の私室に着いてしまう。
何となくぶらぶらここまで来てしまったが、このまま何も無かったような顔をして「よぉ」とか言うのも悔しいし、かといって1人で飲むのは滅入りそうで気分ではない。
捲簾は、桜並木の下を遠回りに遠回りを重ねながら、次第に天蓬の部屋に近付いて行った。

天界の夜は、深夜でも大気は柔らかい。年を通して尽きない桜の花びらが、どこまで行っても、さわさわと彼の軍服に纏わりついてくる。
遠くから宴の声がする。この、安穏とした天界では、毎晩のように聞こえてくる音だ。
捲簾は、酒は好きだが大勢の同席する宴席は好きではなかった。本当に呑みたい奴と呑む酒は絶品だが、嫌な奴と呑む酒は酢でも飲むように不味い事この上ない。アルコールの無駄だ。

などと考えている間に、とうとう天蓬の部屋の窓下に着いてしまった。
捲簾は、大きく溜め息をつくと、その場に突っ立ったまま声を張り上げた。

「お〜〜〜い。てんぽ……」

「う」と発する直前に、窓がいきなり開いて部屋の主が凄い勢いで飛びかかってきた。
飛びかかってきた割には天蓬は声をひそめて、しかしやはり物凄い勢いでかみついて来た。

「…何なんですか貴方は!。こんな夜中に非常識な」
「お前だけには、非常識とか言われたくねぇなぁ」

天蓬の剣幕に少なからず唖然としながらも、とりあえず捲簾は言い返した。

「お前んとこ、俺が夜中に来るのなんて、日常茶飯事じゃねぇかよ」
「今は来客中なんです!」
「来客?。こんな夜中に?」
「貴方だってしょっちゅう夜中に押しかけてくるじゃないですか」

かみ合わない応酬を交わして居る間にも、薄桃色の花びらがはらはらと周囲を舞い落ちていく。当人達を余所に、天界は、あくまで穏やかで平和な夜。
天蓬の言葉だけが、嵐のように理路整然たる言い掛かりを付け続け、そして、それを聞き流していた捲簾が、いきなり、「あ」と呟いた。

「来客って、もしかして…………女?」
「何か文句でもあるんですか〜〜〜〜??」

眼鏡を光らせて天蓬が食い下がる。
その後ろから、突然、声がした。捲簾の予想通り、妙齢の女性の声。

「どうなさいました?」
「あ〜〜あ」

額を押さえた天蓬をそのまま蹴り倒して、捲簾は声のする方へ飛びこんだ。こいつが付き合うような女なんて、一体どんな顔してるんだか。想像がつかな……。

「……お。」
「あら、大将閣下でしたの?。失礼致しました。何か羽織ってまいりますわ」

顔色一つ変えずに奥に消えるを、捲簾は、あんぐりと口を開けたまま見送った。
窓から入りなおしてきた天蓬が、そのうしろ頭を、ごん、と一発殴り返した。

「何、口開けたまま人の部屋の奥を眺めてるんですか、失礼な」
「……俺、あいつ知ってるわ」
「手ぇ出さないで下さいよ。まったくもう、油断も隙も無い」
「何?。お前、もう手ぇ出しちゃったの??。あっ、そーいや今、あいつ夜着だけだったじゃねぇか。こら!」
「ほお。自分は散々あちこちに手を出しておいて、僕が女性と懇ろになったらそんなにいけないんですか〜〜〜???」

掴み合う彼らの耳に、奥から出て来たの、楽しそうな声が聞こえた。

「お二方とも、仲がよろしいんですのね」
「……とんでもねぇ」
「……それは錯覚です」

思わず2人同時に反論する。そして、天蓬がそそくさと、彼女と捲簾の間に割って入り、両手を広げて言った。

「と、言う訳ですから捲簾。今夜は取り込み中です。お引取り願えますか」
「え〜〜〜っ」

捲簾は、明らかに面白がっている。

「まぁ、固い事言うなよ。美味い酒持ってきてやったんだからさぁ。俺も入れてよ」
「何処に入れるんですか、何処に」
「……お前こそ、あっさりと凄い事言うよな」
「やっぱり、随分と御仲がよろしいじゃありませんか」

はくすくすと笑い出した。
こんな天蓬を見るのは、近しくなってからでも初めてだ。



定立(テーゼ)と反定立(アンチテーゼ)は、お互いに止揚して、更なる高みへの足掛かりになる。



は、静かに天蓬を制して言った。

「こんな美しい夜に、折角のお客様を、追い返してしまうのも失礼では?」

そして、捲簾の持参したものを指し示して、微笑んだ。

「『酒なくて 何の己が桜かな』、とも。私、今夜は桜を見ながら美味しいお酒が飲みたいわ。ねぇ、天蓬。」











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