― epilogue ― 「…………で、その湖が目的地だった訳か?」 呆れ顔で、三蔵が問い返した。 隣席では、完璧に回復して元気いっぱいの悟空が、ここ数日分を取り返さんとばかりにがつがつと栄養摂取に励んでいる。 「そ。溺れかけてたくせにみょーにサッパリした顔してると思ったらなぁ」 「ほほほほほ。御免ねぇ、悟浄」 を連れて、どうやって崖を登り直そうかと算段をしている所へ、彼女は言ったのだ。「ここが、ゴールよ」と。彼女が指した先には小さな白い花をつけた低い叢があった。 「。もしかして知ってて飛び降りたんですか?」 「五分五分だったけどね。蛇舌草は水辺に自生するし、崖下が水なのは判ってたし」 「なんで判ったんです?」 「あの前に、一匹落っことしたら水音がしてたから」 八戒と悟浄は盛大に溜め息をつき、三蔵はこめかみに指を当てて青筋を抑えた。 独り、全く意に介していない、病み上がりの筈の欠食児童の声がした。 「とにかくありがとなっ、。薬飲ませてもらったら、もう全然目がぐるぐるしなくなったしさ」 「良かったわ、悟空。ご飯、美味しい?」 「うん!。すっげえうまい」 「……その顔だけで行ってきた甲斐があるわね」 肉まんをくわえたまま破顔する悟空を見て、は微笑んだ。 先刻一言発したきり、憮然と黙していた三蔵が、ぼそりと言った。 「……ご苦労だったな」 「い、いえ」 引き攣るの顔を、彼はまた一瞥すると、3日前のあの時より更に不機嫌そうな声でつぶやいた。 「で、楽しかったか?」 「…………………………ええ、まあ。」 翌朝、宿を先に発つのはの方だった。 見送りは八戒だけ。 悟浄は朝は遅い性質だし、悟空は満足して爆睡中。三蔵は、起きていたのかもしれないが、出ては来なかった。 冷えてしまったバイクのエンジンを温めながら、名残惜しそうにジープの背を撫でているに、八戒は問い掛けた。 「……」 「なぁに?」 彼は、戻ってきたジープを自分の肩にとまらせてから、彼女に向き直り、静かに言った。 「僕は、貴女の傍に居なくても、いいんですか?」 は、心配げな彼の声を制するように、艶やかに笑った。 「いいのよ。私はそれで良いの」 エンジンが温まり、断続的だった音が次第に安定したリズムを打ち始める。彼女は愛機のシートを撫でて、ヘルメットを手にした。 「私は我が侭な女だから、いつも貴方の傍に居て上げられないの。こうして、自分の行きたいところに行って、やりたい事をするのが私なの。だからね……」 エンジンの音に負けぬように、胸を張ってはっきりと、彼女は言った。 「何度でも言ってあげる。私は貴方をおいていく事はしないわ」 八戒は微笑んだ。 彼はゆっくりと肯くと、抱えたヘルメットごとを抱き寄せて、その耳に唇を寄せた。 「判りました。また会いましょう、」 「有難う。またね」 軽く口付けを交わすと、はバイクに跨りヘルメットを被った。 ジープが、キューッと高く鳴いて、手を振るように翼を羽ばたかせた。 発進したバイクは、砂埃を上げながら曲がり角をターンして、あっという間に見えなくなっていた。 軽快なエンジン音だけが、八戒の耳から、ゆっくりと、遠ざかっていった。 |