そして二人は出会った?「始めまして、私は。。ここから近いか判らないけど……金李広、香花の娘。14歳!」 非常に明るい様子なのだが……どこか余裕がある。 もしかしたら、どこか良い所のお嬢さんなのかも知れないと二人が考えたとしても不思議はなかった。 「……俺は、捲簾。 ケン兄と呼んでくれてもいいが……せめて、おじさんはやめてお兄ちゃんって呼んでくれないか? 頼むから」 かなり頬を引きつらせて、捲簾と名乗った大柄な青年が幼女――に頼み込む。 どうやら、ここに至る前の会話でかなり苦労したらしい。どことなく疲労している様に見える。 「オッサン! なんでそんなチビに言うんだよ。俺に言えばいいじゃないか!」 地面を踏み鳴らしてまで怒る少年の姿は、ある程度の歳を経た者にとっては微笑ましく映ったりするものである。ただ、それでも捲簾は油断なく少年と幼女を見ていた。 それは、観察と言うよりも監視と言った方が正しいのかも知れない。 「小さくても、女性を大事に扱うのは男としての勤めだろーが。ガキ」 そんな事も判らないのか? と、人を小馬鹿にした視線で語ったのが判ったらしい。 「誰がガキだ! 俺には沙悟浄って立派な名前があるんだぞ!」 「ほー、確かに名前は立派だ。 ところで……聞きたいんだが、お前達はなんでこんなところにいるんだ?」 ここは、『森』の中だと言うのはわかる。だが、判るのはそれだけでそれ以上の事は一切判らない。 なんとなしに、今ここにいる三人は自然と出会い。さして広くもなかろうと目星をつけたものの、外へ出られそうな手ごたえもない。 「わかんない。気がついたらここにいて……でも、私が『森』にいるなんて当たり前だし」 「俺は……俺も、やっぱり気がついたらここに」 どこか焦り気味で、少し苦しげな表情をすると15歳くらいの顔立ちなのに。どこか幼さを感じさせ、同時に女性を惹き付ける要素を感じさせる。 もっとも、7歳くらいの幼女にはまだ悟浄の魅力は通じないのかも知れない。自己紹介でも言っていた様に実際の中身は14歳だが。脳みそが自動的に情報を消去していたからなのだが、捲簾も同じらしい。 「そうか……皆同じってわけか」 捲簾に関しては、他の二人と違って言い分は幾らでもあるのだが……とりあえず黙っている事にした。 二人の様な存在に言っていいものでもないし、それに何より下手に理解されると後々面倒な事になる。 「とりあえず……お腹すいたし、食事にでもしない? あっちに沼があるし」 言って、は自ら指さした方へと進んでいった。 「お前、この森を知ってるのか?」 「お前じゃないよ、だよ。あんたこそ、ここの事知らないの? それに、あたしが『森』を知ってるなんて当然じゃない」 足元にあった長い木の枝を何本か拾い、子供特有の質の良い長い髪と。何故か懐から釣り針を取り出し、が簡単に釣竿を作るのを見て。内心、捲簾も悟浄も感心していたりする。 「誰があんただ! 俺は悟浄だ!」 「それを言うなら、あたしはよ。大体、悟浄あんた幾つよ?」 びゅんと風を鳴らす釣竿を、感心した瞳で見つめつつ。自分の釣竿を作る捲簾。 簡単に作った釣竿の出来に満足しているのか、はちょっとばかり振り回しながら先へと進む。どうやら、見かけが幼いのに騙されるとろくな事にならない感じが空気からひしひしと伝わってくる。 「ほら、やっぱり沼があったよ」 ぐうの音も出ずにやり込まれた様子を見て、捲簾は内心で笑っていると同時に舌を巻く。 確かに、の言ったように小さな沼があり。そこに魚の影が幾つも見て取れる。 どうやら、ここには滅多に人どころか動物の出入りもないらしく。魚の影は特に人の気配に恐れる様子がないらしく、は手近なところから魚のえさになりそうなものを積極的に掘り出しては悟浄に指導してやり込めていた。 「やっぱり、の家はこの近所なのか?」 「多分違うと思うけど……どうして? ケン兄ちゃん」 釣りを始めてからしばらくして、二人は何匹かの魚を釣り上げていた。悟浄だけは釣竿を作っていなかったし作れないらしく、不貞腐れたところを火起しに命じられ。反発しようとしたものの、育ち盛りの少年の胃袋は大変正直だった。 「なんだか、妙に森に詳しそうだからさ」 言葉の裏には、もしが何らかの意図を持って捲簾を呼び寄せたのだとしたら。善意ならともかく、悪意ならば倒さなくてはならないだろう。ただ、悟浄はきっととばっちりを食っただけだろう。とは言っても、逆のパターンの可能性も捨てきれないのだが。 「別に、ここだけじゃないけど……私、『森』で生まれたの。母様は、私が『森』で生まれた『森』の子なんだって言ってた。どうしてかわからないけど『森』でなら、私は全然怖くない。どこでどうしたら何がどうなるかって、ちゃんと知ってる」 なんでも、の父はが生まれた時から結婚の相手を決めて。しかも、その理由が相手の親と酒を飲んでいた上に賭け事に負けた為だと言うのだから……いつの世も子供は苦労する。 「いつか、私は『森』からはなれて町で彼と一緒に暮らして。赤ちゃんとか作ったりして育てたりして、平凡な人生を歩んで、そして朽ちていくんだろうけど……きっかけはどうあれ、私はそれで構わないなって思うから」 「それはまた……喜劇なのか悲劇なのか判らない理由だな?」 捲簾が言葉を捜してる間に、薪を拾ってきたのだろう悟浄が火をおこしていた。 「別にいいんじゃないか? 本人がそれでいいって言ってるなら」 起こした火へ、魚をくべる捲簾と。 小さな火を、炎へ変える悟浄と。 釣りを終え、捲簾を手伝うと。 三人は、思い思いの仕事をしながら焚き火に集まった。 一種、それは異様な光景に見えるかも知れない。 黒尽くめの青年と、赤い髪の少年と、白い粗末な服を着た幼女が、一つの火を囲んでいる姿なのだ。誰かが見ていたならば、とてつもなく判断に困った事だろう。 「ねえ、二人はどうしてここに来たの? 母様も父様も言ってたよ、迷子になるのは体ではなく心が迷っているからだって」 ある程度(?)人生が練れているらしい捲簾と違って、悟浄の方はかなりダイレクトに激しく動揺していた。とりあえず、食事時にする会話ではない気がするものの。では、いつならば動揺せずに語れるのかと聞かれたら……少し困る。 「最近、あの人の様子がちょっと変なんだ」 もしかしたら、ずっと悟浄は誰かに聞いてもらいたかったのかも知れない。 母親と思っている人と、兄と、三人で暮らしている日々。 けれど、その母親が最近になって。自分を見る目が明らかに兄へのそれと違ってきている。なんと言うのか……よくは判らないが、それはなんと言う名前がついているのか。知っている筈だが、認めるのが怖い感情を持って。 「……手伝いをしたり、何かを贈ったりしてみたらどうだ?」 ただ……捲簾にはなんとなくだが判っていた。 遠からず、悟浄は母親によって殺されるかも知れない危うさがある。それを、本人もなんとなくわかっている節があり。驚くべき事に、の真剣な表情からもある程度は話を聞いていたのだろう。 「もし、必要ならば……一度、お兄さんも交えて三人できちんと話したほうが良くないかしら? だって悟浄は、その人にそんな事をして欲しくないんでしょ? そんな顔をして欲しくないって、そんな風に悟浄が思ってる様に見えるよ」 「……そう、かな?」 力強くうなずいたは、次はあなたの番だとばかりに捲簾を見た。 「特に悩みとかはないつもりだが……まあ、日々の不満くらいはあるかな?」 「嘘だな」 「嘘ね!」 簡単に捲簾が説明すると、と悟浄のシンクロした「嘘」だと言う台詞が帰ってきた。 「なんで嘘なんだよ……!」 実際、真面目に考えると苦労しているような気はするのだ。 本当の事を全て言えないが、自分は天界で大将の地位を持つ「神」の一人であり。その上司である元帥と、その友達の童子、そして童子の養い子とも言うべき三人を相手にして、日々遊び相手と掃除夫とをやらされてる気がするのだ。 神様が! 大将が! とてもではないが、部下には見せられない姿の様な気がしてならない。 「だって……ねえ、悟浄?」 「そうそう、の言うとーり! 捲簾の顔笑ってるし」 勘弁してくれとばかり、捲簾は思わず天を仰いでみる。が、その馬鹿馬鹿しさに落胆する。 神の一人ともあろう者が、一体どこの誰に何を願えというのか……? 「さて、もうちょっと欲しいな……、お前の釣竿借りるぞ! もうちょっと釣って、食って腹につめてっと……勝負しようぜ。捲簾!」 「ちょっと、悟浄!?」 「やれやれ……もう少し付き合ってやるか……は火を絶やさないようにしててくれるか?」 「ケン兄ちゃんまで……勘弁して……よぉっ!?」 それは、一瞬の事だった。 が額に手を当てて一瞬考え込むしぐさをしてから、本当に一瞬の事。 が置いたままにした釣竿も、その後を追った捲簾も、たった一瞬の間に空気へと融ける様に消えてしまったのだ。 いや、消えてしまったのは自分自身かも知れない。 「……どっちでもいいから、今度会ったら結果を教えてね。 きっと、ずっと待ってるからね。ケン兄ちゃん、悟浄」 なぜなら、そこはすでに『森』の中ではなく。 慣れ親しんだ、我が家のすぐ側だったのだから。 外は暗くなり始め、子供達が家へ帰り、晩餐の支度をする声や音がそこら中から聞こえてきて……どこよりも遥か遠くなってしまった二人を思い。 今、は家に帰る。 |