たまには平和な対決




「で、これからどこ行くわけ」
「デートの場所にしてはベタじゃねえ?」
「うるさい。黙ってついてきなさい」
 非常に目立つ長身の男――真紅の頭と漆黒の頭の二人――を引き連れて、はすたすたと目的の場所へと歩いていた。
 もとは、この二人の男――悟浄と捲簾がとデートの約束を取り付けたのが始まり。
 ところが。
 悟浄が、憮然とした顔で己より深い赤の髪をした女を見た。
「つーかも、何で三人で遊ぶとか言い出すわけ」
「だって、大勢の方が面白いじゃない」
 この通り、本人が三人でデートすると変更を出してきたわけである。
「あ、ここだわ」
 彼女の声に、二人は立ち止まり。
「…………」
「ここって、ゲーセン?」
「ゲーセン以外に何があるの?」
 あんぐりと口をあける二人に言い捨てて、はさっさと歩き出す。
「ほら、通行人の邪魔よ。入った入った」
「お、おう」
 何でゲーセンに用事があるのか分からず、悟浄と捲簾は彼女の後についていった。


 ずらりと並ぶ大きな機械。
 それぞれがさまざまな音楽を奏で、殆ど不協和音に近い状態の中、は女様の如く男たちを引きつれてゲームセンターの中を闊歩する。
「あ、あった」
 弾むような声につられて、悟浄が口を開いた。
「あー。これ、ドラマとかで見たことあるわ。俺」
「……ダンスダンス……」
「ダンスダンスレボリューション。略してだだれ」
「変な略称だなあ、おい」
「うるさい」
 捲簾の冷ややかな感想に、短い言葉で切り捨てた。
 三人の前にそびえたつ、大きな筐体。
 大きな画面は人の目線の高さにあり、20センチほど高い舞台がしつらえてある。
 画面の上部には、派手なパネルがその存在感をアピールしている。
 これぞ『ダンスダンスレボリューション』という――所謂音楽ゲームであった。
「これで決めましょう」
 身軽に台の上に乗って、が宣言した。
「これをやって、勝った方があたしとデートできる。負けた方は諦めてその場で帰る。
 ルールは三回勝負。得点を高く取った方が勝ち。
 どう、異存はなし?」
「引き分けだったらどうすんの?」
「その時は、三本の合計点数で勝敗を決めるってことで。
 だとすると、計算してくれる人が欲しいわねえ」
 悟浄の問いに答えて、は辺りを見まわし。
 瞳がきらりと輝いた。どうやら、うってつけの人材を見つけたようである。
「あ、いーところに。紙とペン持ってるなら、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
 ぶんぶんと手を振るの視線の先の人物に、悟浄と捲簾が揃って目を丸くした。
「八戒!?なんでここにきてんだよお前」
「いえ、ちょっと息抜きしようと思いまして」
 そう言って、モノクルを形のいい鼻先に引っ掛けた青年は、にこにこしながら手元の手提げ袋を掲げてみせる。
 中には、どうやらUFOキャッチャーの戦利品がごっそり詰まっている。とはいえ、ぬいぐるみがメインらしく、さして重くはなさそうだ。
「天蓬、あんた何やってたんだよ」
「これですよ」
 八戒と殆ど変わらない見た目――唯一髪型が違うが――の天蓬は、これまた見慣れない筐体を指差した。
「……麻雀?」
「ネットワーク対戦型の麻雀です。なかなか面白いですよ」
「脱衣じゃねーのか」
「じゃあ、脱ぎますか?貴方が」
 悟浄の些細なツッコミに、天蓬が笑顔で返すと。
「それはまずいでしょう」
 捲簾と八戒とが、揃って同じ台詞を吐いた。
 それはそれとして。
「……というわけで、点数の確認して欲しいの。できるよね」
「ええ」
「構いませんよ」
 ざっと事情を説明したに、他人のはずなのにやたら似ている眼鏡っ子二人、はにこやかに頷いた。
 捲簾も悟浄も髪の色以外はほぼそっくりなのだが、この際面倒なので置いておいて。
 こうして、捲簾対悟浄による『第一回ちゃん争奪DDR対決』が始まったのである。


 第一回戦。
「でも、俺これやったことねーんだよなあ」
「俺も」
 言いつつ台の上に上がり、二人はそれぞれコインを入れようとする。
「あ、ストップ。ここジョイントだから100円でいいの」
「じょいんと?」
「簡単に言えば、二人分出来るってことね」
 引きとめて解説するに、悟浄が慌ててコインをポケットに突っ込んだ。
「あ、汚ねえ。半分払えよ」
「お偉いさんがいちいち細かいこと言うなって」
「あ、モードはあたしが。どうせ初めてやるんだからこれでいいわね」
 捲簾と悟浄の言い合いを軽く無視して、は勝手に筐体のボタンを押していく。
『ビギナーモード』
 やたら景気のいい親父の声が、機械から響く。
「はーい、注目ー」
 の声に、二人とも画面を見る。
『緑色の矢印は踏み続けろ』などという表示をふむふむと読んで、理解したらしい。
「んじゃいいぜ。どっからでも」
「こっちもだ」
「はいはい」
 気合の入った二人の声に、は妙に慣れた手つきで操作していく。
 曲選択画面のカーソルを『RAMDAM』に合わせ、ボタンを押した。
「何これ」
「勝手に曲を選んでくれるの。機械がね」
 悟浄の問いに、はただ微笑みを浮かべるのみ。
「ま、頑張ってね」
 画面には『このゲームは足を使います』などと表示され、矢印が重なった時は同じ矢印を踏む、緑色の矢印は踏みつづける、などの説明を流している。
 一曲目。
 筐体から上がると共に、音楽が流れ始める。
 どこかで聞いたようなイントロに、悟浄があっと声を上げた。
「これ、あのCMの奴じゃねえ?」
「そうそう」
 流れてきたのは、お姉ちゃんが大勢で踊るあのコマーシャルの曲であった。
 画面の中では、男女それぞれ台に上がってリズムを取っている。
 そんな中、画面下からちかちかと点滅する矢印が競り上がってきた。
「お、これを踏んで」
 悟浄が画面を見ながら足を出す。
 しかし、別の場所だったらしい。画面では『MISS…』の文字が出て、空しく矢印が通りすぎる。
 その横の捲簾は正確に同じ方向の矢印のパネルを踏み、『GREAT』の文字を出していた。
「あー、悟浄ミスしましたねえ」
「捲簾は結構いい線で踏んでいますね。確か、この文字は五段階で表示されるんですよね」
「そうそう。PerfectにGreatに」
「あとはGoodとBooとMiss、でしたか」
「天蓬さん、結構やったことある?もしかして」
「いえ、僕の持っている書物からですよ」
 眼鏡っ子二人とがほのぼのと語っている間、台の上の二人の周りの空気がにわかに殺気立ってきた。
「ちっくしょお、負けるか!」
 横目に見えた捲簾の自慢げな顔に、悟浄は勝手にエキサイトして画面と足元を確認する。
 
 結果。
「えーと、98万対82万で、捲簾さんの勝ちー」
 八戒と天蓬からそれぞれ貰った点数を読み上げ、は捲簾の方に手を上げた。
「ま、ざっとこんなもんじゃねえ?」
「いいや、大体コツは掴んだ。もう一曲勝負だ!この中間管理職!」
 確かに初心者の二人にとっては、まあまあの出来なのだろうが、画面上の結果はどちらも『D』という厳しい評価が下されていた。
 端から見れば、非常に低レベルな争いなのだが。
 捲簾の方は余裕ぶった顔だし、悟浄の方は本気で悔しがっている。
「んじゃ、二回戦といきましょうか。今度は分かりやすい奴で」
 はまたも三角形のボタンを押しながら曲を吟味し。
 そして選んだ曲は『TWILIGHT ZONE』。
 昔懐かしい『じゅりあな』等でよく流された、露出度ぎりぎりのお姉ちゃんが高い声で『ぽーう!』と羽扇子を振り回しながら踊るあの曲である。
「うっわ、こんなの入ってんのかよ。このゲーム」
「これでいい?捲簾さんも、異存なし?」
「おう」
 捲簾が頷いたのを確認して、四角のボタンを押した。
 曲が始まり、歓声が上がる。
 どうやら先ほどの言葉は嘘ではなかったらしく、悟浄は丁寧に足元のパネルを踏んで得点を上げていく。
「うそっ」
 横で驚く捲簾も、負けじと丁寧に矢印を踏み。
 その結果。
「今度は……107万対113万。悟浄の勝ちね」
「おっしゃあ!」
 恥ずかしげもなく、悟浄は台の上でガッツポーズを取った。
「今度は悟浄が勝ちましたね」
「いや。しかしまだ一戦残っています」
「そうですねえ。捲簾さんが逆転するか、悟浄が逃げ切るか、見物ですね」
「……何実況中継してんだよ、そこ」
 ほがらかに言い合う八戒と天蓬に、捲簾がさりげなくツッコミを入れる。
「んじゃラスト。今度は何にしようかなー」
 すでに選曲担当になったは勝手知ったるなんとやら状態でボタンを操作する。
 選んだ曲は『WE WILL ROCK YOU 』と、やたら渋い曲であった。
 最早説明も必要ないほど有名な、某清涼飲料水のコマーシャルでも使われた『QUEEN』の名曲である。
「し、渋い……」
「流石ちゃんは見る目いいねえ」
 捲簾と悟浄がそれぞれ唸ると、にっこり笑ってボタンを押した。
 ゆったりとしたリズムに、骨太のボーカルが入る。
 これで勝敗が決まる。
 二人は曲に浸る間もなく、画面の矢印を懸命に追った。
 最終結果の紙を渡され、はふむふむ、と計算する。
 三回プレイした総合得点で、どちらがデートできるか決まるのである。
 悟浄も捲簾も、固唾を飲んでが声を上げるのを待った。
 そして。
「……ええーっと、まず悟浄から。三曲合計で、397万点ね」
「まあ、初めてにしてはこんなもんだろ」
「何を言ってんだ。その点数超えたら俺の勝ちなんだろ?」
 捲簾の指摘に、得意げな悟浄の顔が苦渋の色に変わった。
「じゃ、その捲簾さん。三曲合計で……」
 もったいぶって言葉を一旦区切り。
「396万点。ってことは、悟浄の勝ちだね」
「んなーっ!?」
「おっしゃあ!!」
 顎が外れるほどの声を上げる捲簾に対し、悟浄が勝利の雄叫びを上げた。


「さ、ちゃん。あんなおじさんはほっといて俺といいとこ行こうねー♪」
 捲簾ががっくりと項垂れる横で、悟浄はの手を握って嬉しそうに言った。
「どこ行く?いきなりホテルでもいいし、どこにでもついてくよ、お兄さん」
「じゃ、もう一曲付き合ってね」
「へ?」
「ここは100円で四曲できるの」
 そういって台の上に上がると、はさっそく曲の吟味に入った。
 曲を選びながら、何かをしたような感じがあるのだが、悟浄にはまったく分からない。
「では、エキストラステージ♪」
 彼女が選んだのは、まったく聞いたこともない曲。
 鼓、三味線などの和楽器が、絢爛豪華に世界を織り成す曲調である。
 ただし、曲自体は非常に早い。
 先ほどまでの男女二人の姿は画面から消え失せ、代わりに黒髪の少女が映し出されていた。
 左の頬には、鮮やかに刻まれた『桜』の文字。
「はいはい、始まるわよー」
 の声につられて、慌てて悟浄は台の上に上がる。
 しかし。
「何これ!?」
 恐ろしいスピードで、とんでもない量の矢印が群れを成して襲い掛かってきた。
 捲簾がふと、画面の下を見る。
 先ほどまでは、水色の『習』の文字が出ていたのだが、今は違う。
 ライトグリーンの『激』の文字が出ているのだ。
「あ、これ難しいんですよ」
 捲簾の横で、八戒がにこやかに言ってきた。
「難しいって、どういうこと」
「先ほどまでやっていたのは習モードで、他に三つ難易度が選べるんです。
 今彼女が選んだのは激モードといって、簡単に言えば超人御用達ですね」
「ちなみにあの曲は『桜』という曲なんですが、最高難易度の曲の一つです。
 足の数で難易度を示しているんですが、激モードのあの曲は足が10個ついているんですよ」
 眼鏡っ子二人の丁寧な説明を聞いた捲簾は、目を丸くして台の上の二人を見やった。
 たどたどしく、凄いスピードの矢印を追いかけるのが精一杯の悟浄に対して、の方は軽やかにステップを刻む。
 まるで鼻歌でも歌うかのような、堂々としたプレイである。
 結局。
「ほほほほほ♪あたしの勝ちー♪」
「いや、あの……あんなの……できねえ……」
 高笑いするの横で、息を切らせながら悟浄が愚痴る。
 プレイ結果の画面では、の方がAという評価に対し、悟浄の方はEという最低ランクをつけられていた。
 と、突然着信メロディが鳴り響き、懐から携帯電話を取り出すと、彼女はおもむろに声を上げる。
「はい、ですー。……あ、久しぶり〜♪」
 どうやら、友人からの電話らしい。
「あー、そうなんだ。分かったわ、一時間くらいで合流できると思う。じゃね」
 携帯をしまいながら、は未だへばっている悟浄ににっこり笑った。
「とゆーわけで。あたしの勝ちなんで、ここでお別れね」
「……は?」
 ぽかんと口を開ける悟浄に、畳み掛けるような口調で続きを喋る。
「さっきの電話はあたしの友達なんだけど、遠いところから知り合いが来るってんで、迎えに行くってことになったの」
「いやでも、付き合ってって」
「一曲付き合ったじゃない。だからデートはこれでお終い。
 そんなわけで、お先に失礼♪」
 テンション高く言い切って、は慌しく台から降りて走り去っていってしまった。


「……えーと、これは何」
 彼女の動向がわからず、捲簾は天蓬たちを見た。
「思いっきり遊ばれてましたね。彼女に」
「しかしさんも人が悪いですねえ。最初から結構やってること、言えばよかったのに」
 つまりは、それなりの経験を積んでいる、ということだったのだろう。
 二人はそれをまったく知らずに平和な対決を繰り広げていた、というわけで。
「……はあ、そうですか」
 捲簾は、改めて悟浄の方を見る。
 彼は未だに台の上で、風化しそうな勢いで突っ立っていた。









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