Birthday Songその夜、一行が泊まったその部屋は、いつも以上に騒がしかった。 皆で囲んだテーブルの上には、八戒とがそれぞれに腕を奮って作った料理が、所狭しと並べられ、 部屋に備え付けの冷蔵庫には、悟浄が街で買い込んだ大量の缶ビールや酒瓶が積め込まれていた。 悟空が買ってきた色とりどりのクラッカーを手にし、皆で「HAPPY BIRHTDAY!」と口にすると――宴の 主役である三蔵は、いつも以上に不機嫌そうな顔をして、「ガキみたいな真似すんじゃねぇ」とそっぽを向 いた。 予想通りのその反応に、皆で苦笑いなど浮かべつつ。それぞれが思う存分にはしゃぎ、騒ぎ、楽しんで ――誰からともなく酔いつぶれ、宴がお開きとなったのは、真夜中過ぎのことだった。 「――じゃ、僕はこの人を引き受けますから、はそちらの二人をお願いしますね」 「了解。もう夜も遅いし、片付けは明日、まとめてやりましょうか」 したたかに酔い、眠り込んだ悟浄を肩に担いで八戒が言ったその言葉に。ベッドから二人分の毛布を 持ってきたが、苦笑しながらそう答えた。 二人が向ける視線の先には、やはり酔い潰れて眠る悟空と三蔵の姿と、空になった大皿やビールの空き 缶の群れがある。空き缶の一つに僅かに煙草の灰が付いているのは、恐らく悟浄の仕業だろう。 「あれほど言ったのに、まだ懲りてないんですねぇ」と呆れる八戒の言葉に、も適当に調子を合わせ つつ。ソファーの上で大の字になって熟睡する悟空に、そっと毛布をかけてやる。 「おやすみなさい」の挨拶を交わし、八戒が悟浄を連れて出て行くと――宴の余韻の残るこの部屋が、妙 に居心地の悪い静寂に包まれた。 皆で騒いだあの時間が、楽しいものであっただけに。後に訪れたこの静けさが、切ない。 「あれだけ飲んでも潰れないなんて、……流石は八戒、と褒めるべきかしらね、やっぱり」 胸に忍び寄る寂しさを、苦笑いで誤魔化して。は独り、床に転がる酒瓶やゴミを、ぼつぼつと片付け 始めた。 いくら「片付けは明日」と決めていても、ここまで部屋が散らかっていると、やはり何だか落ち着かない。 自分が泊まる部屋は別にあるけれど、一応はここで一緒に騒いでいた以上、それなりの事はしておいた 方が良いだろう。 などと、とりとめもなく考えを巡らせながら、が適当にゴミをまとめていると、 かちり。 不意に、ライターの着火音がした。 ふと見ると、テーブルに突っ伏して眠っていたはずの三蔵が、いつの間にか目を覚まして煙草を燻らせ ている。 寝起き直後であるだけに、その表情は不機嫌さ五倍増しといった雰囲気ではある。が、黒のアンダーシャ ツ一枚なその肩には、さっきがかけた毛布がそのまま乗っていた。 銜え煙草を適当にふかし、無造作に髪をかき上げているその仕草が、やけに絵になっている男だけに。 肩の毛布とのアンバンランスさが、妙に笑いを誘う。 尤も。もしも本当に笑い出せば、もれなくハリセンが飛んでくるのだろうが。 「……もう、朝まで起きないと思ってたのに」 「ふん。あの程度の量で、俺が潰れる訳ねぇだろうが」 からかい半分に言ったの台詞に、三蔵がついっと目を細めつつそう答える。 やはり、寝起きで肌寒いのだろうか。銜え煙草を燻らせながら、空いた手でずり落ちた毛布を肩にかけ直 している。 そんな相手のその様を見て。はそっと悟空の毛布を、足元まで包み込むようにかけ直した。 暫し、無言。やけに静かな室内に、三蔵の吐き出す紫煙が薄く色を添える。 互いに、相手の姿は見ていない。特に意識し合うこともない。仏頂面で煙草をふかす三蔵のすぐ横で、 が遠慮なしにゴミを片付けてゆく。 が、しかし。先程までのあの居心地の悪さは、もう微塵も感じない。それが何故のことなのかは、よく分か らないけれど。 ――この賑やかさが、すっかり身に馴染んでしまったのかもね。 むにゃむにゃと何やら呟きながら、幸せそうに眠る悟空の寝顔と、三蔵の無愛想な顔を見比べつつ。は心の中でこっそりと、小さなため息を漏らした。 と、その時、 「……なぁ、これ、お代わりぃ……」 へへへ、と無邪気な笑いを浮かべながら、悟空がそんな寝言を口にした。 その言葉に。三蔵とは思わずその動きを止めて、大きく目を見開いた。 「如何にも悟空らしい台詞ね、本当に」 「……この、バカ猿が……」 思わず噴き出したとは逆に、三蔵はますます眉間に深くしわを刻む。 が、そんな表情や発言とは裏腹に、悟空を見つめる眼差しには棘がない。それなりに呆れてはいるようだ が、かと云って心底怒っているという訳でもないのだろう。 そんな三蔵と悟空の間には、どんな『繋がり』が存在しているのかは、勿論には判らないのだが。言 葉にならぬ『何か』があることは、彼らの周囲に居る誰もが知っている。 見定められぬその真実を、は少し羨ましく思いながらも。それ以上はもう考えないことにして、 「でも、悟空のそんな喜ぶ顔は、見ててやっぱり嬉しいんでしょ? 保護者さん?」 「保護者じゃねぇ、飼い主だ」 「ふうん。……『見てて嬉しい』ってのは、否定しないのね?」 くすくすと笑うの問いに、三蔵は黙して答えない。吸い終えた煙草を、些か荒っぽい手付きで消した かと思うと、続け様に次の一本に火を点けた。 いらついたり、こうして返答に詰まった時には、すぐに煙草に手を伸ばす。そんな三蔵の悪い癖に、 は「大人気ないわね」とまた苦笑する。 そして、 「あ、一本貰ってもいい? 自分の奴、切らしちゃったのよ」 「………………」 無言で差し出された煙草とライターを三蔵から受け取り、一本銜えて火を点ける。 普段は吸わないマルボロの味が、程なく胸一杯に広がってゆく。その煙を盛大に吐き出して、は一 言、こう言った。 「案外吸い応え無いのね、これ。もーちょっとキツいと思ってたのに」 「――なら、とっとと消せ。二度と吸うな」 の漏らした正直過ぎる一言に、三蔵が憮然と睨み返す。が、はまるで気にせずに、悠然と紫煙 を燻らせる。 そんなのその様を見て、三蔵がまた、ふん、と忌々しげに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。 「……ったく、どいつもこいつもふざけやがって……」 |