「……ったく、どいつもこいつもふざけやがって……」 ぼそり。三蔵が小声で吐き捨てた。 唐突に飛び出したその言葉に、流石のも一瞬真意が分からずに、思わず発言主の顔をまじまじと 見る。が、三蔵はそれ以上は何も云わず、険しい顔で紫煙を吐き出すのみだ。 灰皿に灰を落とす仕草が、微妙に荒っぽい。言葉以上に明確に、その心境を語るが如く。 そんな三蔵のその様が、あまりに子供じみていて可笑しくて。ようやくその真意に気付いたは、にや り、と意地悪っぽい笑みを浮かべると、わずかに身体をかがめて相手の顔を覗き込んだ。 「でも。……今日は皆に祝って貰えて、嬉しかったでしょ?」 「ンな訳ねぇだろ。ガキじゃあるまいし、てめェの誕生日なんざ別にめでたくも何ともねぇよ」 「よく言うわね。自分もしっかり楽しんでたくせに」 「煩せぇ。あんなバカ共と一緒にすんな」 「あら、素直じゃないわね。――じゃあどうして、途中で席を立たなかったのよ?」 「…………」 ますます憮然となる三蔵の様に、は笑いが止まらない。 そう云えば、彼ら四人に関わるようになって以来、こんなふうに笑ってばかりいるような気がする。独りで 行動していた時には、こうではなかった筈なのに。 今のご時世がご時世だけに、周囲を取り巻く環境は、相変わらず危険に満ちている。が、彼らと共に過ご し笑い合う時間は、それ以上に愉快でやたらと居心地が好い。 独りきりに馴れているはずのが、思わず「もっとここに居たい」と望んでしまう程に。 いつか、こんな日々が終わりを告げることは。ちゃんと承知しているはずなのに。 「――ま、良いんじゃないの? 楽しめる時にはしっかり楽しんでおかなきゃ、人生つまらないじゃない」 下らねぇ、と吐き捨てる三蔵に、やっぱり苦笑いで応じながら。は吸い終えた煙草を適当に消すと、 この部屋を出るべく扉へと向かう。 もっと突っ込んでやりたい気持ちはやまやまが、これ以上からかうと本当にハリセンが飛んで来る。何処 ぞの紅い髪の男のように、身体を張ってまで人をからかう趣味はには無い。 ドアノブにそっと手をかけて、がまさに部屋を出ようとした瞬間、 「――おい」 不意に、三蔵が呼び止めた。 一体何事かと思い、が首を傾げつつ振り返ると、 「来年も、祝いに来い」 「…………はい?」 あまりに唐突なその言葉に、は思わず間抜けな声を上げる。 が、三蔵はそれに構うことなく、更にこう言葉を続ける。 「俺は、あんな喧しいのは心底嫌いだがな。――このバカ猿が、喜ぶ」 「…………」 「だから来年も、誕生日を祝いに来い」 言う三蔵の表情は、それまで通りに仏頂面で。口調にも全く変化はなく。 真意が、見えない。 「……あの、私の都合ってのは、全然考えてくれない訳? 来年の今頃なんて、私、本当に何処で何してるか判らないわよ?」 「ふん。気ままな旅暮らしばかりしてるお前に、都合なんぞ有って無いようなもんだろうが」 「………………あのねぇ」 あまりに自分本意なその台詞に、は呆れて二の句が継げない。 が、三蔵はやはりあくまでもマイペースに、煙草をふかしつつ立ち上がる。 ぱさり。動いたその拍子に、肩にかけていた毛布が床に滑り落ちた。 「旅から旅へのその日暮らしなら――俺の誕生日に俺の所に来るのも、そう難しくねぇだろう」 「……………………」 「だから、来い。必ずだ」 落とした毛布を拾いつつ、三蔵がくるりと背を向ける。もう寝る、というその一言で、会話を強引に打ち切っ て。 そんな相手のその様に、も流石に反発を覚えるけれど、最早相手には取り付くしまもなく。仕方なく 「おやすみなさい」の言葉だけを残し、そのまま部屋を出た。 ――ぱたん。 「――悟空をダシにするなんて、随分と卑怯ね」 後ろ手で扉を閉めながら、は再び、大きなため息を一つ漏らす。 そして。周囲に誰も居ないことを確かめると、閉じた扉に背中を預け、僅かに俯いて目を閉じた。 混沌ばかりが渦巻くこの世で、確かなものなど何もないのに。 今日はこうして笑っていられても、明日には屍と成り果てているかも知れないのに。 見定められぬ不確定な未来に、漠然とした不安を覚えるからこそ――自分は「今」という瞬間にこだわり 続け、精一杯生きて笑っていようと考えてさえいるのに。 何故、あの男は――何のためらいもなく、「未来」を口に出来るのだろう。 常に不機嫌極まりない顔をして、何もかもを「下らない」の一言で片付けているくせに。その手に銃を握り しめて、倒した敵の返り血であれだけ身を汚しているくせに。 「……本当に嫌な男ね、貴方って人は……」 我知らずこぼした呟きは、如何なる感情故のものか。自分でもよくは分からない。 だけど。 問答無用で振り回されることを、心底不満に思いながら――それでも自分は、ここに居る。 口ではさんざん不満を述べながら、「離れよう」とは微塵も考えずに。 ――そう言う私も、一体何やってんだか―― 自分自身の愚かさに、嘲笑などを浮かべつつ。は小声で歌い出す。 扉の向こうに居る相手には、決して聞かれないようにと、細心の注意を払いながら。 Happy Birthday To You Happy Birthday To You Happy Birthday Dear Sanzo Happy Birthday To You 口ずさむ歌に託されるのは、複雑に入り乱れる想い。 相手と自分が同じ時代に生まれたことを、こうして二人出会い関わり合うことを、心の何処かで恨めしく思 いながら。 それでも――相手が生を受けたこの日を、祝福せずにはいられなくて。 Happy Birthday To You Happy Birthday To You Happy Birthday Dear My ruler Happy Birthday To You 時計の針が指し示す時刻は、12時をとっくに過ぎている。 が、しかし。聞く者のないその歌声は、それでも止められることもなく、夜の静寂の中を流れてゆく。 ささやかに、密やかに。歌い手自身の嘘偽りない想いを乗せて。 |