Empty not arriving「――チェーンスモークは感心しませんよ、?」 不意にかけられた声に、の動きが一瞬止まった。 彼女の手の中にあるのは、箱から取り出されたばかりの一本の煙草と、まだ真新しい吸殻の入った、小さな銀色の携帯灰皿。辺りにほのかに漂う匂いが、まさに「今、一本吸い終わったばかりです」と述べている。 それだけに。彼女を制止するその声には、微妙に怒気が混じっていた。 「、貴女も最近、ちょっと本数が増え気味じゃないですか? ほどほどにしておかないと、身体にも良くありませんよ。特に貴女は、女性なんですからね」 玄関先の段差に座り込んだを、声の主――八戒の深緑の瞳が、頭上から覗き込むように見下ろしている。 その顔に浮かべた微笑みは、いつもどおりににこやかで、いつもどおりに恐ろしかった。 「吸殻をポイ捨てしないだけ、悟浄や三蔵よりマシですけど――それでも、そのペースは目に余ります。 流石に『禁煙しろ』なんて言う気はありませんけど、もう少し節煙した方が良いんじゃないですか?」 「うーん、それは判ってるけど……お願い、今日は大目に見てよ、八戒。 現地じゃ多分、殆ど吸ってる暇ないんだしぃ」 「……仕方ありませんねぇ。今日だけ、ですよ?」 「ありがと♪」 珍しく甘えた口調で懇願するに、八戒が呆れ半分、苦笑い半分に肩をすくめて見せる。 そんな彼のその返答に満足したのか、もにっこりと微笑んで返すと、改めて手にした一本を口に銜え、火を点けた。 ほどなくして、新しい紫煙が悠然と立ち昇り始める。 暫しその様を見つめた後に、八戒は改めて口を開いた。 「やっぱり、貴女も行くつもりなんですね、?」 その言葉は、問いかけと云うよりも、再確認に等しかった。 は沈黙を保ったまま、何の答えも返さない。視線を虚空に向けたまま、無言で紫煙を燻らせている。 ふう、と吐き出したその煙が、朝の空気ににじんで、消えた。 「知ってのとおり、敵は生半可な相手ではありません。 この間は運良く全員が生きて戻って来ましたが、今度もそうだという保証はないんです」 「………………」 「いくら一緒に旅してるからって、貴女がそこまで付き合う必要はないんですよ? ですから――」 「――八戒」 言い募る八戒のその台詞を、がやんわりと遮った。 その瞳は相変わらず、八戒をまともには見ていない。ぼんやりと宙を見つめたまま、のんびりと煙草をふかすのみだ。 唇に、薄い笑みを刷きながら。 「確か私、前にも言ったことあるわよね? 相手が何処の誰であれ、他人にいちいち干渉されるのは嫌いだって」 「………………」 「貴方が心配してくれてる、ってのは分かってるし、有り難いとも思ってるわ。でもね――」 よ、と小さく声を上げて、怜蘭が立ち上がった。 そして。銜え煙草をふかしながら、小さく肩をすくめて見せて、 「あんな我侭で自分勝手な男、そのままにはしておけないじゃない?」 それは、一体誰のことですか? 八戒はそう問いかけて――寸でのところで言葉を呑み込む。 尋ねても答えは返ってこないだろうと、今更ながらに思い直して。代わりにこう訊いてみる。 「三蔵は、何も言わなかったんですか?」 すると。は訝しげに首を傾げ、逆にこう問い返した。 何故そんなことを問うのかと、心底不思議そうな顔をしながら。 「どうして? 私が何をしてようと、別にあの人は関係ないでしょう?」 「………………」 「私は私の意地を通すだけよ。今までだってそうだったし、これから先もずっとそう。 それだけは、死ぬまで変わらないでしょうね。きっと」 がふっと吐き出した紫煙が、風に流され儚く消える。 密かに紛れたため息と共に。 「……それに、あの人と『共に行く』のは悟空の役目でしょ。私じゃあまりに役者不足だわ」 |