次の瞬間、地面は鮮血に染まり、の足元には先ほどまで彼女の腕を捕らえてい
た、妖怪の腕が転がる。腕の持ち主だった妖怪は、血の吹き出る切断面を押さえて、悲
鳴をあげながら地面を転げまわった。
「なんだっ!?」
「村の奴らかっ!」
じゃらんっと鎖を手繰り寄せ、くわえ煙草の人影が月明かりに浮かぶ。
「馬鹿を馬鹿にして、なーにが悪いんだよ。えぇ?」
「悟浄? 」
が驚きの声を上げる。
「よう。待たせたな」
に軽く手を上げてみせたのは、確かに悟浄だった。
「どうしてここに?」
「あんたを口説きに、さ」
そう言って悟浄は片目をつぶってみせた。
「馬鹿にしやがって」
殺気だった妖怪達が三人を取り囲む。
「やっちまえっ」
飛び掛る妖怪たち。そこへ白い光球が炸裂した。
「げぇっ」
光球に弾かれて、数人の妖怪達が吹き飛んだ。
「馬鹿にされるのが嫌なら、まず馬鹿を治して下さいね」
広場の反対方向から現れた人物は、にこやかな笑みを浮かべながら手から生み出した
気孔弾を、妖怪達に撃ちこんでいく。
「八戒さん……」
ひるむ妖怪の一団に、容赦なく銃撃が浴びせられる。その銃声の源には白い僧形が
あった。
「こ、こいつも仲間かよ」
僧衣の袂をひるがえし、不機嫌な顔で銃を撃ちつづけるその人物は。
「クソ河童に馬鹿と言われるような奴なら、死んだ方がマシだな」
「んだとぉ。くぉら、この破戒坊主っ!」
ひときわ高く銃声が響いた、と思うと悟浄の髪が一筋ちぎれとぶ。
悟浄の耳をかすめた弾丸は、背後を狙っていた妖怪の眉間を打ち抜いた。
「やーーい。ばーか」
いつの間にか広場の中央では、小柄な人影が縦横無尽に暴れまわっている。自分の
身長よりも長い棒を自在に操り、襲い掛かる妖怪たちを次々に叩き伏せているのは悟
空だった。
「。あんたは離れてな」
「ええ」
悟浄に言われ、は村長と共に祠の陰に身を潜めた。
「あんたたちは何故……」
戸惑う村長には、しーっと指を唇にあてて見せる。自分達が今できることは、彼ら
の邪魔にならないようにすることだ。見つかって人質にされるような真似をするわけには
行かない。
息を殺してじっと見守るたちの目の前で、妖怪たちは次々と倒されていった。残る
のはリーダーらしい者が一人だけだ。
「こんなヤワでよくやってこれたな。おにいさん?」
悟浄が月産牙をその妖怪の喉首に突きつける。
「なんだよ、お前ら。なんなんだよッ」
「あぁ?ンなこと関係ねーだろ」
「ひっ、た、助けて……く」
追い詰められた妖怪は、命乞いするように腕を前に突き出し、素早くポケットから何かを
とりだした。
「!? 」
妖怪が取り出したのは、小さな笛だった。
ピイイイイイッ!!
力の限り吹くそれを、悟浄が叩き落とす。
「てめぇ、何のつもりだ」
悟浄に胸倉をつかみ上げられながら、妖怪は口の端をゆがめて笑った。
「へ、へへへっ。いい気になるなよ」
「んだとぉ」
「悟浄っ、気をつけて下さい」
ふいに悟浄の背後の森に、異様な気配が生まれた。
「だっ!?」
とっさに転げてその場から飛びのく。次の瞬間、悟浄がさっきまでいた場所には黒々と
した影がわだかまっていた。
「な……んだよ。こりゃあ」
それは熊、のように見えた。だが異様に大きなその頭部には、曲がりくねった角が生え
ている。黒々とした剛毛で覆われた太い腕は鋭く長い鉤爪がのび、何かを切り裂きた
がっているように、苛立たしげに地面を掻く。
祠の影に身を縮めていた村長は、食いしばった口元からうめき声をもらした。
「あの化物に……春麗も……」
はそっと村長の肩に両手を置いた。
じゃらんっと鎖が伸び、悟浄の月牙産が化物の腕にからみつく。一瞬動きが止まった黒
い塊に、三蔵の銃声が響く。が、
グラァァァッ。
化物は唸り声を上げながら腕をふり、巨体に似合わない素早さで広場を駆け抜けた。
「だあっ!? 」
絡んだ鎖ごと引きずられそうになった悟浄を、八戒が支えて引き戻す。
「なんだよ、あのバケモンは」
「さあ、あいにくと化物には知り合いが少なくて」
広場に転がる妖怪たちの体を踏み荒らしながら、黒い巨体は暴れ狂う。
「ひゃーっ、ははははッ。お、お前らみんな食われちまえっ」
笛を吹いた妖怪の男が、悲鳴混じりの捨て台詞を吐いて、森の中に駆け込んでいく。
その背中に容赦なく八戒の放った気孔が弾けた。
「やれやれ。ペットの不始末は飼い主が責任をとって欲しいものですね」
「この野郎っ! 」
たっと宙を飛んだ悟空の如意棒が、化物の瘤のように盛り上がった眉間に命中する。
ぼくりと鈍い音が響いた。が、分厚い毛皮と頭蓋に阻まれてか、さして痛手を負ったよう
な風もない。
グルラァァッッ!!
赤い目に燃えるような憎しみを宿らせて、黒い化物は一層猛り狂う。
祠の影から息をころして戦いの様子を見つめていたは、すっと立ち上がった。
「連れ戻すのは……もう無理ね」
「どの、何を?」
いぶかる村長をその場に残し、は広場の中央に歩み出た。
「出るんじゃねぇっ!」
悟浄の叫びも聞こえないように、は暴れる黒い巨怪にすたすたと近づいていく。
熊のような化物はに気づくと、地面を蹴立てて襲い掛かってきた。
「ちぃッ!」
振り下ろされた鉤爪の先から、悟浄がを抱えて地面に転がる。その時、の手
元から茶色の香玉が飛び、化物の鼻先に命中した。
「馬鹿野郎っ! 隠れてろって言っただろうが」
「いきなり地面に押し倒さないで頂戴な」
は肩をすくめると、悟浄の腕の中から抜け出した。
「なにのん気なこと言ってやがる。大体あんたが……」
怒鳴る悟浄の背中に、三蔵の蹴りが入った。
「おい、痴話河童」
「痛ぇじゃねぇかっ!」
「見ろ」
三蔵が顎で指す方に悟浄が目をやると、そこには動きをとめた黒い巨体があった。い
や、動いてはいる。しかし先ほどまでの俊敏な動きとは全く違う。ふらり、ふらりと二本足
で立ち上がって、左右に体を揺らしている。
ウオォォォォォォ……。
化物の口から酔ったような咆哮がもれる。
ウオォォォォォォ……。
天から振りそそぐ月の光をすくい取ろうとするように、黒い化物は剛毛で覆われた両腕
を上げた。
「腋の下を狙って」
がぽつりと言った。
「あぁ?」
「そこが一番弱いから……たぶンね」
そう言われて視線を移せば、たしかに両腕の脇の下には、全身に渦巻く黒い毛皮も少し
薄いようだ。
「この際、やってみてもいいんじゃありませんか」
「おっしゃぁっ!」
悟空の小さな体が、弾けるように跳んだ。渾身の力で如意棒を巨体の腋に衝きたてる。
続けざまに銃声が響き、気孔弾が炸裂する。
ガァァァァァ……。
黒々とした毛並みから、赤い血が滴り落ちる。
がちゃり、と悟浄は月牙産の留め金をはずした。一旋した月牙産から鎖が伸び、鋭い月
の牙が左腋から胸を切り裂いた。
どう、と音を立てて黒い巨体は地面に倒れた。少しの間ひくひくと鼻先が痙攣していた
が、やがてそれも静かになる。その断末魔の様子を、は静かに見届けているようだった。
|