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その寺は、長安の中でもひときわ威容を誇っていた。 気位の高そうな僧侶達が出入りし、一般の信者は寺院に立ち入ることも許されない。 厳かな空気に満ちた、祈りと修行の場。 その中を、この世で一番悟りとか禁欲とかに縁の無い人間が歩いていた。 「なんだ、あの男は」 「髪を紅く染めおって、なぜあのような下賎なものがここに」 僧侶達の刺すような視線の先、咥え煙草でぶらぶらと歩いているのは、悟浄である。 遠巻きに囁かれる言葉も、とげとげしい白い目も、いつもの事だから慣れたものだ。 これから自分がすることを思えば、なんでもない。ポケットに両手をつっこみ、背中を丸めてぶらぶらと足を運んでいく。 ―蠍座と坊主は相性悪ィんだよな― 重くなるココロと足を引きずりながら、悟浄は寺院の奥に入っていった。 目指す部屋の前に辿り着くと、とりあえずノックをしてみる。いつもはいきなり開けるのだが、今日は別だ。 「誰だ」 不機嫌な声が返る。 「あー、俺」 「帰れ」 笑顔で迎えられるとは、最初から思っていない。悟浄は構わず扉を開けた。 「よ、三蔵」 「帰れといったはずだ」 窓際に置かれた机の向こうで、山と詰まれた書類に向かう三蔵のは、いつにも増して不機嫌だった。 「相変わらず、愛想ないねぇ」 「何しに来た」 「ちょっと三蔵サマにお願いが…」 「断る」 三蔵は書類から顔もあげずに却下した。 「おい、せめて聞いてから断れよ」 「どうせ断るんなら、同じことだ」 ―可愛くねぇ〜〜〜〜〜― しかしここで引き下がるわけには行かない。ひきつりながらも笑顔を作って誘いをかける。 「こんな部屋にこもってないで、たまにゃ外に出ようぜ」 「俺はいそがしい。無駄に暇な貴様と違ってな」 三蔵の返事はとりつくしまもない。こうなれば正攻法で当たってみるか。 「あのさァ、経をあげてくんない?」 経と聞いて、三蔵の手が一瞬止まった。 「どこでだ」 「芙蓉楼って遊郭」 しばらく空いた間の後で、返って来たのは一言。 「死ね」 神も仏もないような返事に悟浄はキレた。 「ンだとぉ、このクソ坊主。人が頭さげてんのになんだよ、そのエラソーな態度は!」 悟浄が片手で三蔵の胸倉をつかめば、三蔵も立ち上がって睨み返す。 「そんな軽い頭なんざ、下げても何の意味もねぇ。うっとうしい髪と一緒に脳みそまで切ったのか、貴様は」 「うるせぇっ、経あげんのは坊主の仕事だろうがっ!」 悟浄は三蔵の胸元を掴んでいた腕を、力を込めた。三蔵の体が壁に押し付けられる。 「てめぇの始末はてめぇでつけろ。魔戒天浄ならいつでも喰らわせてやるがな」 「ンの野郎〜〜〜〜っ」 悟浄は拳を握りしめた。 三蔵の目は冷ややかにそれを追い、右手が銃を求めて懐にもぐる。 次の瞬間、振り下ろした悟浄の拳は、三蔵の耳をかすめて背後の壁を殴りつけていた。 「頼むわ……」 叩きつけた拳から血がにじみ、白い壁が赤く染まる。 「馬鹿が」 「悪ィ」 |