― 8 ―


その寺は、長安の中でもひときわ威容を誇っていた。
気位の高そうな僧侶達が出入りし、一般の信者は寺院に立ち入ることも許されない。
厳かな空気に満ちた、祈りと修行の場。
その中を、この世で一番悟りとか禁欲とかに縁の無い人間が歩いていた。

「なんだ、あの男は」
「髪を紅く染めおって、なぜあのような下賎なものがここに」

僧侶達の刺すような視線の先、咥え煙草でぶらぶらと歩いているのは、悟浄である。
遠巻きに囁かれる言葉も、とげとげしい白い目も、いつもの事だから慣れたものだ。
これから自分がすることを思えば、なんでもない。ポケットに両手をつっこみ、背中を丸めてぶらぶらと足を運んでいく。

―蠍座と坊主は相性悪ィんだよな―

重くなるココロと足を引きずりながら、悟浄は寺院の奥に入っていった。
目指す部屋の前に辿り着くと、とりあえずノックをしてみる。いつもはいきなり開けるのだが、今日は別だ。

「誰だ」

不機嫌な声が返る。

「あー、俺」
「帰れ」

笑顔で迎えられるとは、最初から思っていない。悟浄は構わず扉を開けた。

「よ、三蔵」
「帰れといったはずだ」

窓際に置かれた机の向こうで、山と詰まれた書類に向かう三蔵のは、いつにも増して不機嫌だった。

「相変わらず、愛想ないねぇ」
「何しに来た」
「ちょっと三蔵サマにお願いが…」
「断る」

三蔵は書類から顔もあげずに却下した。

「おい、せめて聞いてから断れよ」
「どうせ断るんなら、同じことだ」

―可愛くねぇ〜〜〜〜〜―

しかしここで引き下がるわけには行かない。ひきつりながらも笑顔を作って誘いをかける。

「こんな部屋にこもってないで、たまにゃ外に出ようぜ」
「俺はいそがしい。無駄に暇な貴様と違ってな」

三蔵の返事はとりつくしまもない。こうなれば正攻法で当たってみるか。

「あのさァ、経をあげてくんない?」

経と聞いて、三蔵の手が一瞬止まった。

「どこでだ」
「芙蓉楼って遊郭」

しばらく空いた間の後で、返って来たのは一言。

「死ね」

神も仏もないような返事に悟浄はキレた。

「ンだとぉ、このクソ坊主。人が頭さげてんのになんだよ、そのエラソーな態度は!」

悟浄が片手で三蔵の胸倉をつかめば、三蔵も立ち上がって睨み返す。

「そんな軽い頭なんざ、下げても何の意味もねぇ。うっとうしい髪と一緒に脳みそまで切ったのか、貴様は」
「うるせぇっ、経あげんのは坊主の仕事だろうがっ!」

悟浄は三蔵の胸元を掴んでいた腕を、力を込めた。三蔵の体が壁に押し付けられる。

「てめぇの始末はてめぇでつけろ。魔戒天浄ならいつでも喰らわせてやるがな」
「ンの野郎〜〜〜〜っ」

悟浄は拳を握りしめた。
三蔵の目は冷ややかにそれを追い、右手が銃を求めて懐にもぐる。
次の瞬間、振り下ろした悟浄の拳は、三蔵の耳をかすめて背後の壁を殴りつけていた。

「頼むわ……」

叩きつけた拳から血がにじみ、白い壁が赤く染まる。

「馬鹿が」
「悪ィ」








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Material from 'Blue Moon'