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「ここ、俺……君?」
「今は夜、だから」
 一つきりのベッドに寝かされて、油っぽい汗を顔いっぱいにしたたらせて。
 脇にいたのか、少女が冷たくぬらした布で顔を拭くと反応したかの様に瞼を開く。
 ただ、どうやら今気づいた為に何が自分自身の身の上に起きているのかは判っていない様子がうかがえる。
「でも、俺……」
「大丈夫、今はお眠りなさい」
「けど、行かなきゃ……!」
 何がそんなに少年を焦らせるのか、少女の手に逆らうように起き上がろうとする……未だ体の傷は癒えていないのに。包帯でぐるぐると巻かれた体は、後から波のように押し寄せる痛みを感じていないはずもないのに。
「大丈夫」
 少女が、何を知っているわけではなかった。少なくとも、少年自身以外の事など何一つ知りはしない。
「貴方の大切な人達は、大丈夫……今は、まだ」
 特別な能力など、少女にはない。
 遠くを見通す事も、未来を見る能力も持ってはいない。だが、人は時に断言出来るしてしまう時と言うものが存在しているのも事実だ。
 理由の見えない核心が、あった。そう言えるのだろうか?
「間に合う、から」
「俺……名前……!」
 信じる必要も理由もないのは、恐らく判っていただろう。
 関連性のない言葉に、理由を追及するのは意味がない。余りにも。
「大丈夫だから……孫悟空」
「俺……俺の名前、ありが……君は?」
 少し、少女は迷ったかに見えた。ただ、普段ですら「裏」に対して物事を「疑う」と言う行為に無頓着と言うか考えない―――のかどうかは本人で無い限り判らないのだが。そんな少年―――悟空が、半ば意識を失いかけた状態で気にかけたかどうかは判らない。
 それとも、そんな悟空のたどたどしい言葉に思うところでもあったのだろうか?
「私は……
 何かに怖がるかの様に、それでいて何かに立ち向かうかの様な言い方だった。
 まるで、雇い主に意見を言う女中の様にすら見える。
? ……綺麗、な名前……」
「おやすみなさい、今は」
 力尽きた寝顔は安らかで、少女の言動が少なからず悟空に良い影響を与えただろう事は伺い知れる。
 ただ、対する少女のそれは長い道のりを走りきったかの様な。そんな倦怠感が全身からにじみ出ており……それが判るものなど、何者も訪れぬ筈の森の中で判る存在など最初からある筈もなかった。
「なぜ、こんな事になったと言うのか……これも何かの試練だとでも言うの?」

 長い時間を眠っていた様な気がして、悟空はぼんやりとした中にいた。
 目が見えているのは判るし、記憶がおかしいわけでもないと言うのもちゃんと覚えているけれど。ただ、大事な人達が今も危険と背中あわせにいる事も判っていると言うのに、体中に入る筈の力は動かし方の全てを忘れたかの様にピクリともしない。
「まだ早いですよ、立ち上がる事はおろか腕を持ち上げる事も苦痛すら通り越しているでしょうに……」
 ぼんやりとした中で、どこからか判らないけれど声がした。
「もう、目が開けられるのですね……」
 でも声は、まるでぼんやりとしていて。
 ただ、敵意や害意と言ったものが無い事だけは判った。
「……?」
 確か、気を失う直前に聴いた気がした名前だった。多分、女性の名前の様な気がした。だから忘れないようにしようと、思った気がした。
 側に近づいた、そんな気がした。事実、ぼんやりと見えている視界には映る影があって。影は女性と言うより少女の顔形をあらわしており、その隙間を縫うかの様にこじんまりとした質素な屋根が見える。
「俺……確か」
「ここへ、傷だらけになって現れたのですよ」
 少女が座った気がしたが、どうにもよく見えないせいか声と感じが合わないと言うよりはちぐはぐな気がした。
「そうだ、戦ってて……三蔵、狙ってる妖怪達……」
 もしも悟空が知っていたならば、今の悟空自身の状態が自白剤を投与されたかの様な感じである事に気づかないかも知れないが。後日思い当たる事もあるかも知れないのだが、とりあえず今は全く気づかない。
「起き上がるのは、まだ無理です」
 少女は、手に何かの器を持っている様だった。
 その器は少女の手より少し大きい程度のもので、中には液体と固体の混ざり合ったような、つまりどろどろとしたものが入っていた。
 見た目には淡いピンク色で、一見すると「体に害がありそう」に見えるのが欠点ではあるのだが。匂いをかげば、それが果実をすりおろしたものである事は判るだろう。
「美味い……」
 まだ雲の中を歩いているかの様な悟空も、流石に三大欲求には勝てなかったと見えて何とかすりおろした果実を口にした。だが、それでも体力が回復しきっていないらしく時期に目を閉じてしまった。
「こんな短時間で回復するなんて……流石と言うべきなのか、それとも恐ろしいと言うべきなのか?」
 少女の手にあった器の中身は、確かに果実をすりおろしたものだ。だが、長い時間の中で人の手が加えられていない。つまり、ほぼ野生種と見てよい為に栄養価はかなり高い。このままのペースで行けば、数日の間に悟空は完全に元に戻る事が出来るだろう。
 ……それを、森の外の世界が許してくれるのならば。
「教えてくれた、そのままの姿……まさか、私の生きている間に目の前に現れるとは。なんて皮肉なのか? それとも、これこそが私に与えられた罰だと言うのなら、これ以上の罰はない」
 無理に笑みを浮かべようとした顔は、歪んで泣き笑いの状態になっていた。
 心から笑いたいと思っている筈なのに、それを泣きたいと思っている心が許してくれないかの様で。
「皆が皆、あなたの様であるのなら……私は、今ここにこうしていなかった。
 何故? せめて、あと少しの少し力があれば……聖天大斉」
 流れ落ちるしずくは、少女の頬をぬらした。少女の視界を歪めた。
 半分は義務だから、少女は悟空の望みをかなえなくてはならないと思った。でも、逆に募るのは憎しみに近い……それがはっきりと完全な形での「憎しみ」になっているのならばまだしも、それが出来ない事が尚一層のこと少女を苦しめている事に気づかない。








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