― II. ユークリッドの散歩道 ―




天宮の正面の大門の前。
下界で言うなら中国風の様式に則った造りの宮殿、その中央から伸びる道は、どこまでも真っ直ぐに伸びている。
遠征前、珍しく見送りに来たが、ぽつりと言った。

「この真っ直ぐな道の果ては、どうなっているのかしら」

宮殿勤めの彼女は、その旺盛な探究心の割には、あまり出歩く事は出来ない。
それでも、同僚の女官達と比べたらアクティブな方ではあるのだが、そもそも天界人の女性は、屋内から出る事すら稀なのだ。

「驚くような物は、別にありませんよ。道なんて、どこも同じようなものです」

軍服姿の天蓬が、皮肉っぽく笑った。

「それとも、『羅生門』みたいに、魑魅魍魎が跋扈しているとでも思いました?」
「でも、私は見たことがないんだもの」

からかうような彼の口ぶりに、はむきになって反論する。

「ずるいわ。貴方は、この道のずっと先までその足で行く事が出来るんですもの」
「でも、貴女はそれをここから眺める事が出来るじゃないですか」
「眺める事は……ね」

眼下の広場では、西方軍の士官達が集合し始めている。実質的に人員を束ねているのは、概ね、捲簾の方で、何かイレギュラーな事態でも起きない限り、天蓬は本当に出発の瞬間まで、ぼやっと待っているだけである。その為か、今この瞬間も彼がのんびり女性と佇んでいても誰も声をかけなかった。

「ねぇ、天蓬。『消失点』ってあるでしょう」
「ええ」
「ここから見ている限り、この道は、ずっとずっと遠くのある一点で小さくなって消えてしまうの。実際はそんな事はないのに。私の目から見えるものは、『消えてしまう点』だけなのよ」

砂埃とともに、軍旗がはためく。
整列が完了して、捲簾が何か指示を与えているのが見える。

「悔しいわ。私はその『点』にも、この手で触れてみたいのに」

そう言って、は天蓬を見た。未だにこんな所で自分と話していて、大丈夫なのだ
ろうかと、些か心配する。天蓬は一向に気にしない様子で、に話しかけた。

「点って言うのは、理論的には0次元のものですよね」
「そうね」
「0次元。つまり、長さも幅も高さもゼロのものなんて、誰も触れることなんて出来ませんよ」
「………………意地悪。」

子供っぽい我が侭に、理屈で返されたような気がして、は頬を膨らませた。
構わず、天蓬は続ける。

「直線の交差する『交点』というものは、その2本の直線があるから認識できるんです。僕らが貴女より行動半径が長いからと言って、やはり、何でもこの手で確かめられる訳ではない。僕らのような軍人にとっても、触れられない物は直接間接問わずたくさんあって、それは、僕らの眼には大抵見えていません」

捲簾がちらりとこちらを見た。天蓬は、手にしていた手袋を嵌めながら歩き出した。

「でも逆に、貴女がその『点』を見て触れたいと言うふうに認識するなら、それは触れている事と同じなのかもしれませんよ」

天蓬は、足を止めて振り返った。
行ってらっしゃい……という言葉が口から出ようとする直前に、彼は微笑んで、言った。


「見えるものと触れるものも、突き詰めていけば結局、同じ物なんですよ」









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