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山の端が白み始める頃、は、周囲の緊迫した気配で目が覚めた。

「ああ、すみません。起こしちゃいました?」
「起こしてもらわなくちゃ、私だって困るわ」

傍らで、とっくに臨戦態勢になっている八戒に、文句の1つも言ってみる。
悟浄も既に、錫杖を手に周囲を警戒していた。

既に、彼女自身にも判るほど、森の空気が張り詰めていた。
夜明け前の森の静けさとは違う、不自然な沈黙が辺りを覆い、鳥の声一つしないのに、ざわざわと木々の鳴る音が耳についた。
太陽は、まだ出ていない。痛いほどの冷気が肌に刺し込んでくる。

は身を起こすと、既に1つにまとめてあった荷物を手繰リ寄せ、八戒に向かって言った。

「八戒」
「はい?」
「私はどうして居ればいいの?」

八戒は、一瞬、目を見開いてを見たが、すぐにいつもの微笑み顔になって、彼女に耳打ちした。

「周囲から来る気配は複数です。貴女は、あそこの岩場に隠れていてください」
「わかったわ」

集団戦になるのなら、自分は手を出さない方が良い。
彼らの足手まといにならないのが、最大の手助けだ。
は素早く、崖の近くの岩陰に身を隠すと、そっと状況を観察した。
どこかにもぐり込んで目を閉じ耳を塞いでしまっては、退路を絶たれても気付けない。状況の変化に対応できない方が、かえって危険なのだ。

(やっぱり、可愛げのない女かしら……)

緊迫した空気と裏腹に、昨夜の悟浄との会話が、彼女の脳裏をかすめていった。

感覚を凝らすと、彼女にもはっきりと感じられるほどの妖気と殺気が、周囲の森から近づいてくる。
はゆっくりと、荷物の中から、下の村で買い求めた錘(すい)を取り出した。握りを軽く振って、感触を確かめる。まだ使い慣れてはいないけれど、当座の用は足せるだろう……。

程なく、妖怪の群れが、背中合わせに立つ八戒と悟浄目がけて襲いかかってきた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



(…………流石だわねぇ)

岩陰で乱戦の様子を見ながら、は密かに感歎した。
話には聞いていたが、彼らの戦いぶりは数の差など全く問題にならない。

長身を生かしてダイナミックに立ち回る悟浄は、その腕の延長のように巧みに、長く重い月牙産を振るっている。その先で、鎖が美しく弧を描くたびに、絶叫を残して敵の数が半減していく。
八戒は、流れるような体捌きで、人ごみを縫うように戦場を泳いでいく。時折、気孔の閃光が上がる以外は、音すら控えめな隠密のような戦い方。恐らく妖怪共は、背後に立たれても気付かぬうちに、倒されているのだろう。

(ちょっと、役得かも……)

微笑んだの目の前に、妖怪の1人が、偶然こちらに回りこんできた。
は騒ぎも慌てもせずにその腕を捻り上げ、相手が声を上げるよりも早く、首の後ろに、手にした錘の一撃を叩き込んだ。

倒れこむ妖怪の身体を崖下に蹴り落とすと、暫しの間を置いて、水音がかすかに聞こえた。









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