― 6 ― 乱戦は中々終わらなかった。 意外に数の多い敵に、八戒も悟浄も焦りの色が見えてくる。 も、目立たぬようにとはいえ、何匹かの妖怪の腕をかいくぐっている。 あまり長引くと、見つかる可能性も高くなる。そうなったら自分の存在が彼らの足を引っ張る事になる。 (どうしたら良いかしら…) 戦いの様子を窺いながら、は思案した。 大きく弧を描いて戻ってきた鎖鎌を間髪入れずに振るうと、悟浄は血しぶきも拭わずに、ゆらりと立ち上がった。長身と紅い髪が相まった威圧感に、残る敵はじりじりと後じさった。 「なんでぇ、もう、オシマイ?。もっと遊んでかねぇの?」 軽口を叩いて、にやりと笑ってみせる。 その笑みの裏で、彼は、自分と付かず離れず戦っている八戒を窺った。 普段、戦いの最中ですら微笑を絶やさぬ彼の余裕が無くなっている。焦っているのだ。 が隠れた岩場を気にしているのが、悟浄の眼には明らかだ。流石に、敵に感づかれるようなヘマはしないだろうが。 (気持ちは判らんでもないけど、心配性が過ぎるぜ。がまた嫌がるぞ) 悟浄は、ことさらゆっくりと、月牙産を構え直した。 (アイツは、普通の女じゃねぇぜ) 彼の周囲を、再び、紅の飛沫が彩った。 掴みかかって来た妖怪の腕を捻って思い切り引き倒すと、ぼきりと嫌な音がした。 八戒は顔色一つ変えず、正確に脊椎の真ん中に気孔を叩き込んだ。 「人を外見で判断するのは命取りなんですよ。ご存知でした?」 にこやかに諭されて激高した新手が、また数匹束で捻じ伏せられる。 余裕のある筈の戦いの最中、八戒は、ちらと横目で、岩場の方を見た。 騒ぎが起こっている様子は無いから、今はが見つかった心配は無いだろう。でも、いくら旅慣れているとはいえ、彼女は普通の人間の女性だ。 彼女に何かあったら、と、考えるだけで理性の箍が外れそうな気がして、八戒は軽く頭を振った。 隙を見つけたつもりで襲い掛かってくる敵を、片手間のように振り払う。 「しつこいですねぇ。無駄な努力って言葉、知ってます?」 八戒の声に、些かの怒気がこもる。それが非常に危険な事だと判ったのは、この場では悟浄だけだった。 結論の出ぬまま、は彼らの戦い振りを見守っていた。 ……動くか、待つか。 (大人しく守られるのって、難しいわ……) が小さく溜め息をついた時、背後で下卑た声がした。 「おい。こんなところに一人隠れていやがったぜ」 「しかも、女じゃねぇか」 (しまった…) 彼女は小さく舌打ちした。考える事に気をとられて、気配に気付かなかった。 腕を掴もうとした相手の横っ面を、重い錘の頭で張り飛ばす。頬骨が折れるくらいのダメージにはなったらしいが、妖怪相手では決め手にはなるまい。 この狭い場所で複数を同時に相手するのは無理だと判断して、は岩場から走り出た。 彼女の出現により、戦いの流れが一変する。 「なんだ、女隠していやがったのか。ひゃはははは、俺ぁこっちがいいなぁ」 八戒と悟浄が切り結んでいた輪から、数匹の妖怪があっと言う間にとこちらへ雪崩込む。瞬く間に取り囲まれたを見て、2人は顔色を変えた。 「!」 「……ちっ」 悟浄の刃が敵を背後から薙ぎ払うが、如何せん数が多すぎる。全ての敵を一掃するのは無理だ。 「、伏せて!」 八戒の気孔波が、の頭上すれすれの場所を、轟音と共に過ぎていった。黒髪が一房ちぎれ飛び、彼女の足元にぱらぱらと降った。 身を起こすと、先程よりは半減したものの、まだ彼女の前方を半円に取り巻くくらいの妖怪がじりじりと輪を狭めてきている。背後は、先程殴り倒した妖怪を蹴落とした崖だ。は油断なく構えながら、じりじりと後ずさった。哄笑を上げて飛び掛ってくる妖怪を、もう1匹叩き伏せる。それを合図に半円が一気に狭まり、妖怪がいっせいに彼女に飛びかかった。 「……!!」 襲い掛かる妖怪の肩越しに、八戒の必死の形相が僅かに見えた。 一瞬、彼の手が、その耳のカフスに触れたような気がした。 「駄目!!」 叫ぶなり、は身を翻して崖から身を躍らせた。 |