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道すがら、三蔵もも少しずつではあるが、互いの身の上話を口にした。
は、数年前に殺された肉親の仇を追っていることと、自分の持つ剣のこと――『千尋(せんじん)』という銘とその呪力のことを。
三蔵は、師が惨殺されてから今までのいきさつと、不浄な輩から追われつつも、師の形見である経文を追っている最中だということを。
何故、そんな身の上話をすることになったかは、もう忘れてしまったのだが。全身を返り血で染めつつも、些かの迷いもないその紫暗の瞳の力強さを、は今もはっきりと覚えている。

立場も、背負うものも、目指すものも、何もかも違ってはいるけれど。
もっと奥深い部分で――何故か、自分と『同じ』だと思えたから。

そんな道行きの途中で。は三蔵から、こんな奇妙な話を聞かされた。

『――呼び声?』
『ああ。あんまり煩せぇんでな。そのうち見つけ出して、一発ぶん殴ってやる』

何でも、声にならない不思議な「声」が、ずっと三蔵を呼び続けているという――常識ではまず考えられぬ、不可思議な話ではあったけれど。は些かの疑いもなく信じ、密かに興味を抱いた。
が、途中で話題が転じたせいもあって、その件についてはあまり詳しく聞くこともなく。そうするうちに辿り着いた街で、三蔵とは適当に別れてしまった。
いつかまた会おうという約束も交わさずに、互いにそんな期待も可能性も感じずに。



「――マスター。烏龍茶、もう一つ貰える?」

中で溶けた氷も全て飲み干して、完全に空になったグラスを差し出して。がカウン ター内に居る店主に、飲み物の追加を注文する。
そんな彼女に、三蔵が呆れ半分、嘲り半分に鼻先で笑って、

「……呑めんのは相変わらずか。情けねぇな」
「悪かったわね。これだけは、どうしても体質に合わないのよ」

ようやく口を開いたかと思ったら、そんな意地悪を言うのかと。は怒りを込めた目で睨み返すが、三蔵は全く意に介さぬらしく、平然と自身のグラスをあおる。
そして。吸い終わった煙草を灰皿に押しつけて消すと、空にしたグラスを同じように差し出して、

「さっきのと、同じ奴でいい」
「……ねぇ。それってもしかしなくても、私への当てつけなのかしら?」
「さあな」

更に険しさを増したの眼差しを、素知らぬ顔で受け流して、三蔵が二本目の煙草に手を伸ばす。
が、しかし。その物言いが癪に障ったせいもあって。も今度は知らん顔をして、さっきのように火を差し出そうとはしなかった。
些か大人気ないかも、と、一応はそう自覚しながら。



――次に二人が会ったのは、三年程前のことだった。

とある街の寺院で催された落慶法要に、渋々ながらも三蔵が導師として赴いた時に。寺院の近辺や町全体の警護に当たる者たちの中に、偶然も混じっていたのだ。
なかなか大規模な法要だっただけに、臨時にかき集められた警護役の者たちは皆、屈強な体つきの猛者ばかりで。一見、華奢な印象を与えるの姿は、かなり浮いた存在であった。
が、はその数日間の任務の内に、実力の一部を示してもいたし。中には下手に手出しをしたが故に、病院送りになった愚者も居た。
故に、がこの任務に就いていることについては、実態を知らぬ来賓客はともかく、関係者からは一切不満は出なかった。

が、当然ながらそのような状況では、が賓客である三蔵に近付ける筈もなく。互いの立場も判っていたので、二人ともわざわざ相手に近付こうとはしなかった。
たまたま同じ場所に居合わせた時も、数瞬視線を合わせただけで、後は知らぬ顔を通していたので。二人が旧知の仲であることに気付いた者は、誰一人として居なかった。

そのような状態のまま日が過ぎて。多少のトラブルはあったものの、法要も滞りなく全て終わり。
いよいよ明日、三蔵がこの街を発つ、という頃になって――

『――お前、もう復讐は果たせたのか?』
『ん、まあね』

ほんの少しではあったけれど、ようやく二人がまともに話をすることが出来た。
法要の後の宴席を抜けて、人気のない裏庭で落ち合って。次第に色を増す夕闇の中、適当に二人で歩きながら、三蔵とは互いにその後のことを簡潔に話した。
そんな会話の中で、

『この剣が……重いのよ、今は』

がふと、そんな本音を口にした。
その頃のは、長年の悲願だった肉親の敵討ちは、既に成し遂げてはいたものの。平凡な市井の生活になじむことも出来ずに、些か投げやりで無意欲な日々を送っていたのだ。
実はこの寺院の警護に雇われていたのも、たまたま懐が心細いから請け負っただけで。三蔵がここに招かれていたことすら、実務に就くまで全く知らない程だった。

『敵討ちを果たせたのは良いんだけど……その後、何だか気が抜けちゃってね。
 何のために生きていればいいのか、分からなくなっちゃったのよ、私』
『………………』

見つめる紫暗の瞳の沈黙に、密かに居心地の悪さを覚えつつ。は左耳のピアスに ――仮初の姿をとる自身の剣に触れながら、茶化すように笑って言う。
何故自分がそんな愚痴をこぼしているのか、何故それを三蔵が黙って聞いているのか、自分でも不思議で仕方なかったけれど。

『今は辛うじて「自分」を保ってるけど、いつ、どうなっても不思議じゃないし。
 ……まぁ、目的はもう果たしたから。別に構わないんだけどね』
『………………』

の持つこの剣は、「千尋(せんじん)」の銘が表すとおり――持ち主をあらゆる呪い や怨念から護る代わりに、常にその心を問い続ける。
何故この力を求めるのか、何の為にこの剣を振るうのかと。
もしもその意味を忘れ、表面だけの力に奢り高ぶるなら。剣はその加護の力を失い、それまでに受け続けた血の怨念を基に、持ち主を『人ならざる者』へと変貌させる。
その後に待っているものは――人としての尊厳も、自我さえも失った魂の亡者と、ひたすらに無意味な殺戮の悲劇。

がこの剣を手に取ったのは、殺された両親の仇を討つためだった。
だけど。今はもう、明確な『答え』など何もない。

でも、取り敢えず己の剣の腕前に拠るしか、自分が生きていく術がなかった。
そうしなければ、きっと生きていけなかった。
だから、復讐を果たしたその後も――この剣を手放すこともせず、ずっと振るい続けてきた。
いつか破滅の時が来ると、心の何処かで怯えながら。

そんなの自嘲の笑みに対し、三蔵が返したのは、

『――バカか、お前は』

そんな、ひどく厳しい一言だった。








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