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「撃ちたいんなら、どうぞご自由に。私は別に、怒りも恨みもしないから。
 貴方の好きにすればいいわ」
「――本気で死にたいのか、お前?」

の素っ気無い言葉に、三蔵の眼差しやその声音に、更に刺々しい色が加わる。
瞳の紫暗に見えるのは、剥き出しにされた攻撃性。手にした銃と全く同じ、ひたすらに無慈悲で 冷酷な輝き。
だが、しかし。は特に怯みも刃向かいもせずに、淡々とこう言葉を続ける。

「ここで命乞いしたところで、聞き入れるつもりなんて全然ないでしょう?
 だったら、私が他に言えることなんて、やっぱり何もないじゃない。それに――」
「………………」
「いつでも、そのくらいの覚悟は持って生きてるもの、私」

かちり。

ふと、三蔵から視線を逸らして。はまた一本煙草を銜えて、馴れた手付きで火を点けた。
カウンターの向こうで、こちらの様子をはらはらと見守る店主の姿に、ほんの少しだけ苦笑しな がら。立ち上る紫煙がゆっくりと虚空ににじんで消える様を、ただぼんやりと見つめている。
未だ突き付けられている銃口の感触にも、まるで注意を払わずに。

「勿論、わざわざ死のうとは思わない。誰に何と言われようと、しっかり生き続けてやるわ。
 悲劇のヒロインになる気は、さらさら無いしね」
「………………」
「でも、この手で他人を殺し続けている以上――逆に自分が、いつ、誰に殺されたって不思議じゃないし。私自身、相手を恨んだりするつもりもないわ。
 だから。ここで今、私が本当に貴方に殺されても――」

ここでは一旦言葉を切り、再び三蔵へと顔を向ける。
その動きに合わせて、銃の照準がこめかみから眉間へと移される。が、はやはり、その事 実にはまるで関心を示さずに。
正面から真っ直ぐに三蔵を見据えて、唇だけで小さく笑った。

「私がその程度の人間でしかなかった、という事実が明らかになるだけよ、きっと」

――それに、相手が他でもない貴方だもの。

続けて云いかけたその言葉は、そっと胸の内にしまい込んで。はただただ静かに笑った。
これが自虐の笑みなのか。それとも、別のものなのか。自身にもよくは判らない。
けれど――気が付けば、自然と微笑みがこぼれていた。だから、隠さずに素直に笑った。
それが、更に三蔵の怒りを買うであろうことは、重々承知してはいたけれど。

そう。どうせ、この紫暗の瞳の前では、嘘や言い訳など何の役にも立たない。
ならば。つまらぬ戯言を並べて軽蔑されるよりは、怒りを買って撃たれた方がずっと良い。
あの時のように、無様な姿を晒すような真似は、もう二度としたくはないから。

「………………」

そうして無言で見詰め合って、どれだけの時間が経っただろうか。
不意に、三蔵がふん、と小さく鼻を鳴らし、の眉間から銃口を外した。

「――下らねぇ、な」

吐き捨てられた言葉には、呆れとも、侮蔑とも取れる色が伺える。
だが、先程までのあの刺々しさは存在しない。席を立つ様子もないところを見ると、それなりに納 得はしたのだろうか。
握っていた銃を懐に仕舞って、また煙草を一本、口に銜えて。最初から何もなかったかのよう に、素っ気無い調子でこう言葉を継ぎ足した。

「ンな当然のことを正面切ってほざくとは、よっぽどのバカとしか言い様がねぇな。
 ――バカバカし過ぎて、撃つ気も失せる」
「あら。随分、手厳しいこと言ってくれるのね」
「ああ。……それに俺も、バカに使ってやる無駄弾もねぇしな」

三蔵はそう言いながら、銜えた煙草に火を点けようとする。
が、どうやらガスが切れているらしく、なかなか巧く火が点かない。その事実が気に障ったのか、 点火動作を繰り返すその手元や表情に、次第に苛立ちの色合いが濃くなってゆく。
それでも「火を貸せ」とは口にせずに、意地でも自分で何とかしようとする辺りは、彼らしいと言え ばあまりにらしいのではあるが。こうして傍で見ていると、何だか妙に子供じみた姿でもある。
そんな三蔵のその様に、は思わず小さく苦笑して。自身のライターに火を点けると、三蔵の 目の前にそっと差し出した。

「――やっぱり変わってないのね、貴方って人は」



――二人が三度顔を合わせたのは、今日の午後のことだった。

『――大丈夫かっ!』
『!?』

突然、飛び込んできた少年の怒号に、は思わず目を丸くした。
が、そんなの戸惑いなどお構い無しで、少年は手にした長い棍を振り回し、目の前に立ちは だかる妖怪の群れを、さくさくと屠ってゆく。
何故、この少年がここに現れたのかが理解できずに、が唖然と立ち尽くしていると。続けて 現れた紅い髪の男が、銜え煙草を燻らせつつ、至って軽い口調でこう言った。

『おーおー、お猿ちゃんはやっぱり元気だねぇ。
 ……ところでお姉さん、名前は? 怪我はしてねぇか?』
『ええ、まあ……別に、何処も何ともないけど……』

男には取り敢えずはそう答えながらも、の胸の内には、無数の疑問符が浮かぶ。
一体、何が何なのか。あまりに突然の出来事に、流石にも戸惑いを覚えたのだ。

始まりは、そう――が、ふと立ち寄った街で妖怪退治の依頼を請け、何人かの男と連れだって、街外れのこの森までやって来たこと。
最近『妖怪退治』の仕事がやけに増えたと、密かにため息をつきながら。暴れる妖怪に怯んだ男 達を、鼻先だけで笑い飛ばして。いつものように己が剣を握りしめ、襲い来る敵を次々と片付け ていた処だった。
――少なくとも、その筈だった。突然の乱入者たちが、こうして加勢してくるまでは。

『あの、貴方たちは……』
『あン? ああ、気にしない気にしない。お猿ちゃんはともかく、俺は女には優しくする主義なのよ。だから――』

言いながら男は、手にした錫杖を振り上げて、その先に付いた三日月形の刃で宙を薙ぐ。
刹那、

『――女を襲う不埒な野郎は、本当に許せねぇのよ、俺』

男の、不敵な笑みのその向こうで。妖怪が一人、断末魔の叫びを上げて地に倒れ伏した。








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