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『――貴様っ、我々と同じ妖怪のくせに、人間に味方する気かっ!?』
『ごちゃごちゃ煩せぇよ、お前らっ!』

口々に非難する妖怪の群れに怒鳴り返しながら。栗色の髪の少年は、手にした棍を振り回し、縦横無尽に暴れ回る。
棍が一閃する度に、幾人もの妖怪が地に倒れ伏した。
そんな少年の目と鼻の先で。連れである紅い髪の男は、更にに話しかける。
やたらと馴れ馴れしい笑みを浮かべて、何度が払っても、懲りずに肩を抱き寄せながら。

『――で、お姉さん、名前は何って云うの? あ、俺は悟浄ね。沙 悟浄。
 こんなとこに長居してないで、早く安全な場所に隠れた方がいいぜ。勿論俺も、一緒に行くからさ』
『………………』

何とも対照的な二人の姿に、は暫し絶句した。
こんな言葉をかけられること自体は、さして珍しいことではない。その実力はともかく、の外見が外見であるだけに、こうして言い寄ってくる男は吐いて捨てる程居るのだ。
ましてや、妖怪の狂暴化が問題となる昨今では。別に頼んでもいないのに、勝手に加勢しては「親切」を押し売る男も少なくない。
そんな輩は決まって後で、「助けてやった」と大きな顔をして延々と付きまとうのだ。中には、敵が片付いた途端に豹変し、いきなり不埒な振る舞いに及ぼうとする者も居る。
その度には適当にあしらい、時には力ずくで黙らせて追い払う。
が、しかし。目の前に居るこの二人は――

――どうしようかしら、ねぇ?

正直な話、はかなり困惑していた。下心無く純粋に「助け」に来た少年の姿にも、まだ戦闘中であるにも拘わらず、こうして堂々と口説きにくるこの男にも。
単に言い寄られるだけならば、さっさと突き放せば良いだけである。が、あの少年の気持ちを考えると、そう無碍に切り捨てるのも忍びない。
なおも口説き続ける男の言葉には、殆どうわの空で相槌を打ちながら。一人奮戦する少年に対し、どう対応すれば良いだろうかと、は密かに頭を悩ませた。
そんな時である。背後で、きききっ、と車のブレーキ音が聞こえた。

『――こんな所に居たんですか、二人とも』

その甲高い音に続いた声もまた、若い男のものだった。
どうやら、彼ら二人の仲間らしい。その声音や口調は至って穏やかで、どことなく品の良さを感じさせた。
にやり、と気まずげな笑みを浮かべて振り返る紅い髪の男に、も釣られたようにそちらに視線を向けて――

――――!

車の助手席に見つけた存在に、は思わず、己が目を疑った。
そこに在ったのは――鋭い紫暗の眼差しと、鮮やかに煌く金糸の髪。身にまとう法衣には不釣り合いな銜え煙草と、至極不機嫌そうな仏頂面。
何故ここに、と驚愕するの視線に、その相手――三蔵は一瞬、ぴくり、と眉を吊り上げた。

『――飛び出したもんですから。お蔭で、追うのが大変だったんですよ』
『悪りぃ悪りぃ。あのお猿ちゃんが先走ってくれたもんだから、つい』
『あーっ、全部俺のせいかよっ!? ――』

暴れていた妖怪たちは殆どが片付き、の傍らでは男たちの賑やかな会話が続く。その様を眺めながら三蔵は、助手席から降りもせずに『煩せぇ』と吐き捨てた。
その場で立ち尽くすには、何一つ言葉をかけないままで。

――やっぱり、憶えてる訳ない、か。

そんな三蔵のその様に、は密かに苦笑する。
こちらがどのように思っていようが、相手には関係のないことである。自分が相手を憶えていても、相手が自分を憶えているとは限らない。
まして、前回はあのような別れ方をしたのだ。憶えていろ、と云う方が無理かも知れない。

『――あの、どうかされましたか?』
『ううん、何でもないわ。……有髪のお坊様はあまり見かけないから、ちょっと珍しいかなって』

訝しげに問う片眼鏡の男に、そんな返答を返しながら。は彼ら三人の方に向き直り、三蔵から視線を外した。
今、口にしたその言葉は、取り敢えず嘘ではない。真実を全て語ってもいないが。
互いに名を名乗り合い、当たり障りない程度に己のことを話した後で。はにっこりと微笑むと、改めて三人に礼を述べた。

『助けてくれて、有難う』

――本当は、別に困ってもなかったけど。

そんな本音は、胸の内だけに留めておいた。
自分を口説こうとした紅い髪の男――悟浄はともかく、黄金の瞳のこの少年――悟空には、汚れた邪念など微塵もないのだ。そのようなことを言ってしまっては、あまりに気の毒である。
利き手に握った己が剣を、さりげなく背後に隠しつつ。は彼らといろいろ話をしながら、そんなことを考えた。

と、その時、

『――ようやく見つけたぞ、玄奘三蔵っ! 我が主君の御為に、ここで死んで貰うっ!』

無粋な怒鳴り声が、辺り一帯に響き渡った。
ふと見ると、停められたジープとは反対の方角に、幾つもの大柄な人影が在る。手に手に斧や刀を握るその姿は、まさしく妖怪のそれだった。
だが、こちらを睨む眼差しには、どれにも自我の光が見える。先程まで暴れていた連中のような、ただ狂暴なだけの眼とは異なる輝きが。
そんな連中のその瞳に、はこっそり、「まるで狂信者集団ね」と呟いた。

『御指名ですよ、三蔵』

ジープの方を振り返って、片眼鏡の男――八戒が、至極にこやかに微笑みかける。
そんな彼に、三蔵は更に不機嫌そうな顔をしながら、ゆっくりと助手席から降りて来た。

『――面倒くせぇ』
『しょーがねぇんじゃねぇの? 三蔵サマ、人気者だから』

軽口を叩く悟浄を横目で睨みつつ。三蔵は吸い終えた煙草を適当に投げ捨てて消すと、懐から短銃を取り出して撃鉄を上げる。
勿論、には一度も目を向けない。もまた、素知らぬ顔をして襲撃者たちへと視線を移す。
不穏な空気が場を占める中で。八戒が、そっとに耳打ちをした。

『――危ないですから、貴女は暫く隠れていて下さい。なるべく、短時間でカタを付けますから』

巻き込んでしまって済みません、と謝る八戒の傍らで、悟浄が同意すべく何度も頷いた。
そして。を背にかばうように立つと、悟浄は錫杖を握り直し、八戒は手の内に光球を生み出して、改めて敵に対峙する。
悟空が『腹減った』と口にしながら、嬉々として襲撃者たちに切り込んだのを合図に――この場は再度、戦場と化した。
そんな中で、

『……余計なことを……』

ふと、三蔵がそう呟いたのが、の耳に届いた。








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