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危ないから下がって、と言う八戒の顔を立てて、は手にした剣はそのままで、手近な木の蔭に身を隠した。
先程、三蔵が呟いたあの一言が、少し気に掛かってはいたが――この状況がいまいち良く見えぬ以上、ここから事の成り行きを伺うより他にない。
他人に庇われて守られるなど、どうも性には合わないのだが。このような場合は致し方ないと、無理やりに自分を納得させつつ、じっとその場で息を潜めて、動向を静観することにのみ専念した。

そうしてが見守る中、繰り広げられた戦いは――まさに、乱戦と称すべきものだった。

がうんっ!

銃声が辺りに響き渡り、錫杖より伸ばされた鎖鎌がじゃらり、と重い音を立てつつ敵を切り裂く。光球が閃くそのすぐ傍で、豪快に振り回された棍が次々と刺客の群れを薙ぎ倒してゆく。
比較的統制が取れた刺客たちに対し、迎撃する三蔵たち四人の戦法はてんでばらばらで、連携も何もあったもんではなかったが――個々の力量の差が物を言ったのか、刺客たちは確実にその数を減らされていた。
縦横無尽に暴れ回る四人の様は、痛快でさえあって。数多の戦いを見てきた筈のが、思わず「やるわね」と感嘆の声を漏らした程だった。

が、

『おい八戒、こいつら片付けるのはいーけどよぉ。いつになったら、次の街に着けるんだ?』
『そうですねぇ。地図を見た限りでは、そんなに遠くはなかった筈ですが……あまりここで遊んでいると、今日もまた野宿する羽目になるかも知れませんね』
『えーっ!? マジーっ!?
 なー三蔵ぉ、俺、今日こそはちゃんとした飯食いてぇよぉ。買い置きの奴なんかもう飽きたし――』
『――だったら、最初から余計なことに首突っ込むんじゃねぇよ、このバカ猿がっ!』

すぱあんっ!

一体何処から取り出したのか、三蔵の振りかざしたハリセンが、悟空の頭に見事に炸裂した。
未だ戦闘中であるにも拘わらず、あまりに非常識でバカバカしいその行動に、は一瞬、目を点にしたのだが。彼らの間では別に珍しいことでもないらしく、悟浄も八戒も苦笑しただけで、後は何事もなかったかのように戦闘を続けている。
そんな彼らのその様に。もほんの少しだけ、彼らに対する評価を改める羽目となった。

――変な連中。

最初に抱いた疑惑の念と比べれば、随分と柔らかい感情ではあるが。きっと本人たちにとっては、心底不本意であるに違いない。特に三蔵は、間違いなく機嫌を損ねることだろう。
もしもそれを正直に告げたら、彼らはどんな顔をするだろうか。そう考えると可笑しくて、未だ戦闘中であるにも関わらず、は思わず小さく噴き出した。

が、しかし。
それと同時に、の中にふと、一つの疑問が湧き上がった。

――でもあの三人、人間じゃないのよ……ね?

なおも襲いかかる刺客たちと、応戦する悟空、八戒、悟浄の姿を見比べつつ、は密かに首を傾げた。
常に魔剣を携えるせいか、の勘や感覚は一般人よりもずっと鋭い。常人ならば気配さえ感じぬ微妙な妖気にも、何となくだが気付いてしまうのだ。
自分でもまさか、と思いつつよく見ると――悟空の頭の飾りや八戒の左耳のイヤーカフには、一般の装飾品とは明らかに違う輝きがあった。おそらくはこれらが、彼らの妖力制御装置なのだろう。
悟浄だけは、特に何も付けていないようだったが。その身にまとう気配から、彼が人ならざる者であることは明白であった。

では何故、彼らは狂気に憑かれることなく、自我を保っていられるのだろう?
桃源郷に住まう妖怪は、殆ど全てが狂暴化し、各地で惨劇を繰り広げているというのに。

襲いかかる刺客たちも、それを迎え撃つ彼ら三人も、間違いなく「自分の意志」を持って戦っている。
そして。その中心に傲然と立ち、がんがんと銃を連射しているのが、三蔵――本人の気性や言動はともかく、社会的立場では仏門の頂点に存在するあの男だ。
その事実は――目の前で繰り広げられるこの光景が、決して凡庸な事件ではないのだと。世界全体を巻き込んだ「異変」の一端であると、に教唆するかのようだった。

尤も。今の段階では、その憶測が当たっているかどうか、には確かめようもないのだが。

『――こんな辺鄙な所で、十分も足止めさせんじゃねぇよ。この下司が』

呆然と立ち尽くす隊長格の男に向かい、三蔵がそう吐き捨てた。
その男一人を除く全員が、既に物言わぬ屍と成り果てていた。辺り一帯には血臭が漂い、背の低い雑草に覆われた地面の上に、鮮やかな血の赤が色を加えていた。
畜生、と何度も呟きつつ座り込んだ男に、三蔵が改めて銃の照準を合わせると、後ろから悟浄が茶々を入れた。

『やーねェ、三蔵サマったら、今日は一段と機嫌が悪いんだから。もしかして、アノ日とか?』

がうんっ!

間髪入れずに放たれた銃弾は、目の前の敵の急所ではなく、悟浄が銜えかけた煙草を貫いていた。
一瞬の沈黙を置いた後で、悟浄が「危ねぇだろーが、このクソ坊主っ」と不満を口にすれば。三蔵は更に不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
そんな二人のそのやり取りを、傍らの悟空と八戒はただ苦笑して見守るだけで。は再度、目を丸くした。

――あの、まだ、敵は全滅してないんだけど?

記憶を辿る限りでは、三蔵はそんな男ではなかったように思う。勿論、全てを知り尽くしている訳ではないが、少なくとも敵と対峙している時には、そんな隙など見せなかった。
まして、そんな下らない冗談を言われた程度で発砲するなど。最早理解に苦しむしかない。
自分と会わないでいた三年の間に、一体何があったのだろう。初めて知った相手の意外な一面に、流石のもただただ戸惑うより他になかった。
と、その時、

ぴーーーーっ!

一行の目の前に座り込んでいた男が、突然指笛を鳴らした。
まさか、と思い辺りを見回すと――今まで、一体何処に潜んでいたのやら。新たに現れた軍勢が、ぐるりと周囲を取り囲んでいた。

『おーおー、今回はまた、エラい大人数だねぇ。一人くらい、綺麗なお姉ちゃん混じってねぇの?』
『どうせなら、いっぺんに出て来てくれた方が、手間が省けて楽だったんですけどねぇ』

これで貴様らもお終いだ、と狂った哄笑を上げる男の口を、三蔵が銃で強引に黙らせた。が、それで事態が好転する筈もなく、脳漿をぶちまけつつ倒れ込んだ男の屍を踏み越えて、連中は一斉に襲い掛かってくる。
面倒くせぇ、と誰かが呟いたと同時に、再度この場は戦場と化した。
そんな混乱の中で、

『――っ、後ろっ!』

悲鳴にも似た悟空の叫びが、場に響き渡った。
続けて、

どすっ!

肉を切る鈍い音が皆の耳に届き、の背が真っ赤に染まった。








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