― 7 ― ぼたぼたぼたぼたっ。 更に身を深く刺し貫く刃から、紅いものが滴り落ちて地を染めた。 そして、 『――いきなり後ろから女性に迫るなんて、礼儀知らずね、貴方』 肩越しに背後を見やりながら、が逆手で突き立てた剣を引き抜くと。襲撃者はううう、と呻き声を漏らし、崩れ落ちる。 その様を、至極冷淡な眼差しで見届けながら。は背を濡らす返り血の感触には構わずに、剣身を伝う紅い滴を無造作に振り落とした。 そんなのその仕草に、悟浄が半ば唖然と、 『――何だ、結構強えぇんじゃん』 『ごめんなさいね、ご期待に添えなくて。……でも私、少なくとも嘘ついた覚えはないわよ?』 『まぁ確かに、悟浄も悟空も僕たちも、勝手に割り込んできただけで、加勢してくれとは頼まれてないですね』 しれっと答えたの台詞に、八戒が苦笑しながらそう言葉を継いだ。 勿論、そのような会話を交わす間でも、誰も敵を迎撃する手は休めない。悟浄は銜え煙草を燻らせながら、錫杖でまた一人を仕留める。その傍らでは悟空が、「、凄げぇじゃん」と感嘆の声を上げながら、手にした棍で数人を殴り倒していた。 『せっかくだから、手伝うわ。さっき助けてくれたお礼、って訳じゃないけど』 暴れ回る悟空たちに負けじと、も剣を振りかざし、疾った。その手の蒼い魔剣が閃く度に、一つ、また一つと屍の数が増え、地面を更に血に染める。 襲撃者の急所を、剣で一突きにして引導を渡す。そして、すぐさま次の一人を蹴り飛ばし、切っ先を急所に叩き込んだ。 そんな時に――突然、三蔵がに銃口を向け、引き金を引いた。 『――大した腕もねぇくせに、口だけは達者だなっ!』 がうんっ! 放たれた銃弾が、の鼻先をかすめて右へと逸れた。 はっと振り返ると――刃を振り上げたそのままで、見事に眉間を撃ち抜かれた妖怪が一人、呻き声を上げて倒れた。 『ンな大口叩く前に、とっとと周りを片付けるんだな。このバカが』 『………………』 空の薬莢を捨て、新たに銃弾を補填しながら、三蔵がそんな台詞を叩き付けた。 相変わらずなその物言いに、も一瞬、腹を立てる。が、敢えて反論はせずに――長い剣穂を左手に握ると、右手で勢い良く剣を投げ放った。 ざしゅっ! 刹那。主の手を離れた蒼い魔剣が虚空を裂き、三蔵の背後に立つ刺客の額に突き立った。 数瞬の間を置いて、三蔵が再びへと視線を戻すと、 『ご忠告、有り難く頂戴しておくわ。お坊様』 『………………』 にっこり微笑んだの言葉に、三蔵がちっ、と小さく舌打ちをした。 が、そうして互いの眼差しを絡ませ合ったのは、ほんの束の間のことだけで。すぐに二人同時に視線を外すと、三蔵は銃の撃鉄を上げ、は剣穂を引き寄せて剣を取り戻し、再び敵と対峙する。 ――まるで、初めて出会ったあの時みたいね。 かすかに漂う硝煙の匂いと、己が身を染める返り血の感触と。周囲を包む騒然とした空気に、はふと、かつての光景を思い出した。 が、勿論そんな感傷は、わざわざ口に出したりはしない。表情にも一切表さない。 今はまだ戦闘中であるし、この場には悟空たち三人も一緒に居る。三蔵が知らぬ顔を通している以上、自分がうっかりボロを出すような真似はしたくないのだ。 正直な思いを言えぬのは、やはり少し、寂しい気もしていたけれど。 そうして敵を殲滅し、ふざけ半分に「お疲れ様」などという言葉を互いに交わす頃に。 不意に、傍らの草叢から男が二人、姿を現した。 『……や、やったのか?』 『ええ、お陰様で。無事に、全部片付いたわよ』 恐々と問う男たちに、が素っ気無くそう返した。 その答えを聞くと彼らは、地に転がる屍の群れと、の姿を交互に見ながら、何やらぼそぼそと話を始めた。その途中、の背を染め抜く血の赤に気付いたようで、ひどく驚いた様子を見せたのだが。が「ただの返り血よ」と答えると、彼らは取り敢えず納得したようで、再びこそこそと話を続けた。 そんな彼らのその様に、傍らで眺めていた悟浄が、 『なぁ、ちゃん。あいつら、誰よ?』 『街の警護団の人たちよ。依頼主に、互いに協力するようにって言われてたから』 『……の割には、何もしていなかったように見受けられますけど、ねぇ?』 些か棘を含んだ八戒の言葉に、は困ったように苦笑した。 そして。剣身に付いていた血や脂汚れを、袖口から取り出した布で拭き取りながら、 『まぁ、私のような流れ者は、そう簡単には信用して貰えないもんなのよ。 世の中には、前金を受け取っておきながら、仕事しないで消える不届き者も結構居るし。“本当にお前がやったのか”とか何とかケチつけて、報酬の支払いを渋る依頼主も居たりするのよ』 『……ヤな話だねぇ』 の説明に、悟浄が銜え煙草を燻らせつつ、渋い顔をして口を挟む。 そんな彼に、は小さく肩をすくめて見せながら、 『ま、しょうがないわよ。今のご時世がご時世だから。 でも、こうして街の人に一緒に来て貰ってれば、後で誰にも文句は言われずに済むのよ。勿論、報酬も山分けしなきゃなんないけど、ね』 『あちらは何もしてないのに、ですか? 随分と理不尽な話ですね』 『でも、依頼主にごねられるよりはマシだもの。証明料、と割り切ることにしているわ』 『………………』 その答えに、八戒は更に苦い顔をして黙り込んだ。 このような会話を交わす間も、男たちの話はまだ続いていた。かなりの小声であるだけに、内容までは聞き取れない。が、ちらちらとこちらを伺う様は、見ていてあまり愉快ではない。 それは、悟空たち三人も同じだったようで。呆れ半分、侮蔑半分に彼らの姿を見やりながら、三蔵は握っていた銃を懐に仕舞い、悟浄は新しい煙草に火を点けながら、揃って嫌悪感を顕わにしていた。 タイミングよく、悟空がまた「腹減った」と言い出したので。更に話を続ける男たちを捨て置いて、三蔵と悟空と悟浄は、さっさとジープへと乗り始めた。 最後に残った八戒が、運転席に乗り込もうとした処で――不意に、の方を振り返り、 『。あのですね、貴女さえ良ければ、の話なんですが――』 慎重に言葉を選びながら、八戒の深緑の瞳がを見据える。 一体何を言い出すのだろうかと、が訝しげに首を傾げると。やがて八戒は、穏やかな、しかし妙に力強い口調で、 『――もし宜しければ貴女も、僕たちと一緒に行きませんか?』 不意に飛び出したその一言に、誘われた自身は勿論、傍で聞いていた三蔵も悟空も悟浄も、揃って目を丸くしていた。 |