― 8 ― 『一緒に、って……私が? 貴方たちと?』 『ええ。貴女さえ宜しければ、の話なんですけど』 暫し沈黙した後で、がそう問うと。八戒はにっこりと微笑んで、言った。 『要は、貴女がちゃんと依頼を果たした、ということを、誰かが証明出来れば良いのでしょう? だったら、僕たちが証人役を引き受けますよ。その見返りは、街まで僕たちを案内して頂く、ということで』 『……きっちり道案内さえすれば、依頼料の山分けも何も要らない、という訳?』 『ええ。僕たち別に、お金には困ってませんから。それに――』 ここで八戒は一旦言葉を切り、ほんの少し、その表情を曇らせる。 一体何事かと思い、が眼差しで続きを促した。すると八戒は、 『その背に浴びた返り血も、そのままにしてはおけないでしょう? ですから――』 『ああ、これなら気にしないでいいわよ。呪詛返しのアイテムなら、ちゃんと持ってるから』 『……そうですか。なら、良いんですけど……』 いやに歯切れの悪いその言葉に、は更に首を傾げた。 が、その意味を確かめる前に、後部座席から悟空が身を乗り出して、 『なぁなぁっ、その街に泊まってるんなら、やっぱ美味い飯屋なんかも知ってるんだろ!? 俺さぁ、もぉ腹減って死にそうなんだ。早く連れてってくれよぉ』 『……って、そう言われても……』 『まぁいーじゃん。この話、乗っちまいなって。 俺たちは迷わずに次の街に着ける、ちゃんはそいつらに上前はねられずに済む。ギブアンドテイク、ってことでさぁ』 ついでに泊まってる宿も教えてよ、となし崩しに口説こうとする悟浄の台詞を、八戒が「後で少し、教育的指導が必要みたいですね」と微笑んで牽制する。 そして、 『――で、どうでしょう、? 貴女にとって、決して悪い話ではない筈ですけど?』 至極にこやかな八戒の誘いに、は改めて思案を巡らせる。 確かに彼らの申し出は、願ってもないことである。が、もしもこの話に乗れば――街に辿り着くまでの間、ずっと三蔵とも一緒に居る羽目になるのだ。 互いに知らない振りをして居る以上、今更言うことは何もない筈なのだが。 『………………』 八戒の背後で――ジープの助手席に陣取る三蔵は、相変わらず無愛想に煙草を燻らせている。 ちらり、と一瞬だけこちらの様子を伺って、すぐに逸らされたその紫暗の瞳は、やはり何も語らないままで。の存在を拒絶する気なのか、それとも一応は肯定しているのか。真意が、見えない。 ――ま、別にいいんだけどね。 腕を組み、思案する素振りを示しながら、は心の中でこっそりため息をつく。 そして、暫しの間を置いた後に――唇の端だけで小さく、笑った。 『――いいわ。その話、乗った』 『ホントかっ!? じゃ、早く行ってメシにしようぜっ!』 早く早く、とせかす悟空の声に押されるように、もジープの後部座席へと乗り込んだ。 その様を至極満足げに見届けた後に。八戒はくるり、と三蔵へと向き直り、 『――という訳で。構いませんよね、三蔵?』 微笑みと共に発せられた言葉は、どこまでも穏やかで澱みなく。それ故に、却って性質が悪い。 対峙する三蔵もやはり、内心同じことを感じていたらしく。眉間にますます深く縦ジワを刻むと、忌々しげにこう吐き捨てた。 『…………勝手にしろ』 その後、口々に不満を述べた男たちは、八戒が舌先三寸でやり込めて置き去りにしてきた。 街に着いたその後も、『三蔵法師』の威光が功を奏したのか。依頼主は手の平を返したように愛想良くなり、にも当初の予定を遥かに超える報酬額を支払った。 そうして万事丸く収まった後、は約束通りに彼ら四人を宿屋まで案内し――そのまま、彼らと夕食も共にしていた。 勿論、その間もずっと、三蔵とはまともに口を聞かなかったけれど。 一緒に騒ぐだけ騒いで、騒ぎ疲れて、それぞれが部屋に引き上げた後に。はそっと自室から抜け出して、階下の食堂兼酒場へと独り降りてきた。以前のように、三蔵と二人だけで話せないか、と淡い期待を胸に抱いて。 とはいえ、特にそんな約束を交わした訳ではない。例え旧知の仲ではあっても、互いに義理立てするような間柄でもない。 だけど。どうしても、二人だけの時間が欲しくて――はずっと、ここで待っていた。 相手が来るという保証はないのにと、自分で自分に呆れ返りながら。 三蔵がここへやって来たのは――そうしてが待ち続けて、十数分が経った頃だった。 「――変わってねぇのは、お互い様だろうが」 ぼそり。借りた火で点けた煙草を燻らせつつ、三蔵が呟いた。 吐き出す煙はゆっくりと天井へ昇り、灯されたランプに薄い靄をかけさせる。たゆたう紫煙を乱すものは何も無く、薄暗い店内には穏やかな静寂のみが満ちている。 昼間の騒ぎとは対照的な、静寂が。 「やぁね。これでも私、少しは変わったつもりなんだけど?」 からり。が弄ぶグラスの中で、澄んだ音が鳴った。 ふいっと逸らした眼差しを、当てもなく虚空へとさ迷わせて。は、唇に薄い笑みを梳く。 「だってあれから、もう三年も経ってるのよ。三年も経てば、女は変わるわ。 この腕一本で生きてるのは、相変わらずなんだけど」 「………………」 「そういう貴方も――そうね。全然変わってないくせに、でもやっぱり何処か変わった。 強引過ぎるくらいの『俺様』っぷりが、更に酷くなってるわよ、貴方」 「……何語喋ってんだ、てめェは」 あまりに抽象的過ぎるその言葉に、三蔵は本気で呆れたようである。 つ、と細めたその紫暗の瞳が、斜に構えたままに向けられる。が、はやはり涼しい顔をして、また一本、箱から煙草を取り出して銜える。 一瞬、灯されたライターの火が、横顔を照らした。 「あら、私は思ったままを口にしただけよ。悪い?」 「………………」 |