― 9 ― 「そうそう。……良かったわね。“呼び声”の主に、ちゃんとめぐり逢えて」 「………………」 かたん。 三蔵がグラスを置いた音が、店内に響き渡った。 暫しの沈黙の後に、 「――何のことだ?」 「あらやだ、とぼける気? いつだったか、そんな話してたじゃない。 昼間、悟空を見てて判ったわ。“この子がずっと三蔵を呼んでたんだ”ってね」 「………………」 ふん、と忌々しげに鼻を鳴らした三蔵に、はくすり、と小さく笑う。 そして、外連味たっぷりに紫煙を吐き出して、 「やーねぇ、そんな嫌そうな顔しなくったっていいじゃないのよ。 あの子、とってもいい子じゃない。素直だし明るいし、とっても楽しいし」 「ふん。あんなのが欲しいんだったら、いつでもくれてやる。その後何がどうなろうと、俺は知らんがな」 「あ、そ。でも、せっかくのお申し出だけど、謹んでご辞退させて頂くわ。 両想いな二人の仲を引き裂ける程、野暮じゃないもの、私」 「誰が両想いだ、誰が」 「あらやだ。そんなこと平気で言うなんて、案外薄情なのね、貴方って」 「………………」 からかい混じりなの言葉に、三蔵はますます渋い顔をして口をつぐんだ。 その横顔を、頬杖をついて眺めながら、はふと考える。 ――めぐり逢うべくして、めぐり逢ったのね。貴方たちは。 今日の昼間。悟空と、八戒や悟浄と三蔵とのやり取りを見ながら、はずっとそんなことを思っていた。 勿論、今の彼らと三蔵がどのようにして出会い、どんないきさつを経て現在に至っているのか、はまるで知らない。 が、しかし。互いに強い信頼を寄せ合いながら、決して過度には依存しない。それぞれの立場や周囲の思惑や運命さえ超えて、どこまでも対等に本音をぶつけ合う様は――傍で見ていたには、ひたすらに眩しかった。 ――誰かを求めて伸ばした手も、誰かのために差し出した手も、ちゃんと握り返して貰えるなんて。 幸せなことよね、本当に。 そんな彼らに対し、今の自分は傍観者にしかなれないことは。 寂しくないと言い切ってしまえば、きっと嘘になるだろう。 だけど。 三蔵には三蔵の進む道があるように、自分には自分の決めた生き方がある。 何処まで続く道なのか、行き着く先に何が在るのかさえ、未だ見定められずにいるけれど―― 「――さて、と。私、そろそろ寝るわ。明日も早いから」 かたん。 半ばまで吸った煙草を途中で消して、がす、と立ち上がる。 その様を目で追いながら、三蔵が尋ねた。 「行くのか」 「ええ」 交わされる言葉は短くて、ひどく素っ気無い。 如何にも自分たちらしいやり取りだと、心の中で苦笑しながら。はふと、カウンターの上にある灰皿へと視線を移した。 「………………」 黒い小さな磁器に残る、二種類の吸殻。 ちょっと本数が少ないかな、と、は一瞬思ったのだが――ここで二人が話していた時間は、実はそう長くもなかったんだと、今更ながらに気付かされる。 マルボロが二本少ないのは、自分がここで相手を待った、何よりの証。 ――今日は貴方と話が出来て、本当に良かった。 喉元まで出かけたその台詞を、寸でのところで飲み込んで、はこう言葉を続ける。 敢えて重くは語らずに、至って軽い調子で。まるで世間話でもするかのように。 「ま、貴方もせいぜい頑張って頂戴。私も、自分なりに頑張るから。 縁があったら、また会いましょ。お互い生きてれば、の話になるけど」 「ふん。てめェのような可愛くねぇ女のツラなんぞ、もう二度と見たくねぇな」 「やーねぇ、可愛くないってのは、お互い様じゃないの。それに――」 一瞬、言葉に間を置いて、は真っ直ぐに三蔵を見つめ返す。 そして、 「貴方は何がどうあったって、自分の生き方を貫くんでしょう? その言葉、きっちり行動で示してよね。もしも口先だけで終わったら、私、承知しないわよ」 「………………」 「途中で倒れたりしたら――指差して、思いっきり笑ってあげるから」 ――だから、死ぬんじゃないわよ。何があっても。 浮かべた微笑みに孕ませるのは、切なる祈りにも似たの想い。 嘘偽りのない、心からの。 「じゃ、元気でね。おやすみなさい」 その一言を最後に残して、がくるりと踵を返す。 二階の客室へと続く階段を、が登りかけた――その時、 「――おい」 三蔵が、不意に立ち上がった。 |