― 2 ― 「なぜ、貴方は悟空を斉天大聖と呼ぶのですか? 悟空が、『あの』悟空と同じ人物である事を知っている人にしか。そう呼ぶ事はないと思うのですが……」 それでも、切り出さなくてはならなかったのだろう。 八戒の言葉に、は少し微笑んだのだろうか? 「それは「一つの質問」と受け取ってよろしいですか?」 「……意地が悪いですねえ。せっかく、悟空を助けていただいて言うのも何ですが」 「仕掛けたのは、そちらです」 冷ややかな態度は、飲んでいる茶の温度すら下げている様な気がするが……普通の人であるならばありえない事だ。 もっとも、相手が妖怪であるのならば話は別だが。 「いやあ、これは一本取られてしまいましたかねえ?」 「玄奘三蔵殿から、聴いていないのですね。 私は、妖怪ではありません。かと言って、すでに純粋な人であると言う見方も難しいかも知れません。ですが、私は人として生きていますけど」 静かな時と、穏やかな時間……。 悟空と悟浄に聴いた様に。確かに、この場所には穏やかな風が吹いているし、いつものメンバーと一緒ではあり得ない静かな時間が流れているし似合っている。 「私の様な存在は、結構あちらこちらにおります。 そうですね……この国では『仙人』と呼ばれています。私は、地仙と言うものです」 「ああ……なるほど、貴方は地仙の方だったのですか! どうりで……そう言えば、旅でもされていたのですか?」 妖怪かも知れないと言うのと、正体不明に相手と言うのともあり。極度の緊張感が体を支配していたのだろうと、なぜだか客観的に理解する。 「私の事など、本来はどうでも良い事ですが……玄奘三蔵殿にもすでに説明してありますし。二度手間でもありますし」 「いやあ、でも『あの』三蔵が一人で出かけたのも驚きましたけど、そこで何があったのかを暴露するのもありえませんし、聞き出そうとするのも骨が折れる上に。使った労力より上の事なんて、絶対に口を割りませんからね。あの人。 ここで、さんが色々教えていただけるのなら。僕としては、その労力がだいぶ省けるんですけど」 ポットの中から二杯目の茶を継ぎ足し、の表情は変わらない。 八戒と言えば、心の中では様々な思惑がひしめき合っている。その全てを明らかにするのは非常に困難なので、本人ですら無自覚な部分だ。 「貴方は、地仙についてどれだけの知識がありますか?」 「……そうですねえ、仙人と言えば伝説となった存在ですから。まさか、この目で仙人に会えるなんて思ってもいませんでしたし。僕としては、思わず喜ばないといけないんでしょうね?」 神が存在して、仏が信仰されていても。 妖怪が闊歩して、超常力が世界を満たしていても。 その力の片鱗とも呼べる存在、この場合は「仙人」と言う存在は夢物語の中でしか存在していない。だが、それはある意味当然なのかも知れない、この全てが歪んだ桃源郷の中で、まともな意識を保っていられる存在など皆無に等しい。 「仙人の能力としては、自然と共に存在すると言うわけですから。その気になれば、妖術使いや妖怪の様に人々を支配する事も出来ると勘違いされる方も存在しておりますが」 「違うんですか?」 「ええ、自然の代行者と言われる私達がですよ? 人など支配して、一体どうしようと言うのです? 自然も、そこまで暇ではありません」 辛らつだが、確かにの言う事は間違っていない。 自然そのものは、妖怪や人の様に誰も支配しようとはしないし。誰も潰そうとは思わないし、誰も憎もうと思わず、誰も気にはしない。 「なるほど……では、悟空の事はなぜ知っているのです?」 「……それは、玄奘三蔵殿にも言いましたが。私は、意外に物知りなだけなのです。 自然がもたらす知識は、意外にも多くの事を教えてくれます。そして、その知識はあなた方が知らないあなた方の事も教えてくれるのです」 ようやく、八戒は合点が行った。 己達の目の届かないところで、癒されていた悟空。それに興味を持つのは当然で、会いに行ったにも関わらず不機嫌そうな、どこか説明できない表情で帰って来た三蔵。 理由を確かめたくて、一人で探し回ったを。 「それは、三蔵や僕達の事を『別の名前』で呼ばれる理由も。教えてくれるのですか?」 八戒の声が、思わず低くなっていた。 無意識な領域の事なので、八戒自身は気づいていない。恐らく、これだけ八戒が動揺するのも珍しい事ではないだろうか? 「理解されている、と私は見ていますが?」 「いえいえ、推測の域を出ておりませんから……」 「無関係です」 水の剣の様だ、と八戒は後に思う事になる。 は残酷なまでに鋭利で、それでいて後に何も残さない切り口の様な言葉を吐く。 誰にでも、あの悟空にもそうだっただろうかと記憶を探るが。そうでもなかっただろう気がしてならないが、それを確認する術はない。 「神々と名乗っている人達が、どの様な意図をもっているとしても。 あなた方には、一切関係のない事です。違いますか?」 奇妙な感覚がしていた、その正体に八戒は気づく。 の、目だ。 八戒をじっと見る目は、まるで抜き身の刀であり防御を知らぬ感覚なのだ。 攻撃は、最大の防御。確かにそうだが、まるで特攻をかける様にも見えるのは攻撃ではなく捨て身と言う。 守るものなど何一つなく、ただ抜き身の刃一つを手に。共に自らの体を持って切り込み入る……それは、確かに最大の攻撃であるが逆を言えば一度でもかわされれば身の破滅だけが待っていると言う危険なこと。 「彼らは、僕達を違う名前で呼びます。それでも、無関係なのですか?」 「ええ」 きっぱりと言い切ったの言葉は、確かに水の剣だった。 水は、勢いさえつけば大いなる力となる。斬り付ける事も押しつぶすことも出来る、ものを砕き削ることだって出来るけれど、大いなる恵みの力ともなる。 言い切るの言葉は……確かに。 「さぞかし、三蔵は怒っていたでしょう? 済みませんね、八つ当たりなどされませんでしたか?」 「いいえ、帰り際に『なんで判ってる事をわざわざ……』とはぶつぶつ言ってましたけど。 破壊活動には出ませんでしたよ、丸くなられましたね」 |